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JR東日本「JR東日本スタートアップ」

 
JR東日本スタートアップは、2018年2月、オープンイノベーションによる共創活動を加速するため、ベンチャー企業に対する出資および協業推進を行うことを目的に東日本旅客鉄道100%出資によるCVC(Corporate Venture Capital)として設立された。東日本旅客鉄道によるファンド出資枠は50億円。

出島会社の設立理由

本業と切り分けて、新しい価値を追求する

JR東日本というと、混雑した山手線や中央線を思い浮かべるかもしれませんが、そういった路線は例外で、実際には利用者が少ない路線がたくさんありますし、1700弱ある駅のうち、なんと4割が無人駅だったりするのです。 そうした構造的な問題に対して、JR東日本の経営陣は強い危機感を抱いていました。 JR東日本の冨田哲郎前社長は、このままでは国鉄が倒産したように、もう一度、JRは倒産してしまうと話していました。だからJR東日本が、再び生まれ変わるために、新しいことをやるんだと決断して、2018年に「JR東日本スタートアップ株式会社」を設立しました。 鉄道会社にとって、最も大切なのは「定時運行」です。しかし、それを守るだけでは新しい価値は生まれません。だから本業と切り分けて、新しい価値を追求する新しい会社を設立したのです。 この新会社に50億円の予算を投下することを決めました。そしてJR東日本本体の経営企画室に所属していた柴田裕さんを社長に任命、柴田さんは共に戦い切る仲間として7人の同志を集めました。
 
とことんこだわったのが、巨大な本体組織から独立して経営判断ができる『出島』でした。従来の意思決定やスピード感では、とてもベンチャーとの事業共創などできません。ならば、ベンチャー企業に対して開国してベンチャー流で事業を創れる特区のようなものをつくればいいと思ったんですね。それが会社を動かしてCVC設立になったと言えます。
 
JR東の出身でCVCを当初から運営する柴田裕社長は「(JR東グループにおいて)失敗が許される、とりあえずやってみるということができる特区のような存在だ」と話す。 JR東本体では取りにくいリスクであっても、CVCのプログラムで引き受け、素早く実験して事業としての有効性を検証する。うまくいったものは、本体やグループ各社とのさらなる協業につなげる仕組みだ。 大企業ではアイデアを出しても収益性などの観点から実現に至らなかったり、実現するまでに時間がかかったりすることが多い。JR東でも同様で「新しいチャレンジをするには本体から切り離す必要があった」(柴田氏)。
 
 
 

オープンイノベーション

「JR東日本グループは2018年7月、『ヒト』を起点として“信頼”と“豊かさ”という価値を将来にわたって創造し続ける企業グループへの変革を目指すというグループ経営ビジョン『変革2027』打ち出しました。その中で『オープンイノベーション』を大きく掲げ、積極的に社外と連携していくことを宣言しています。JR東日本スタートアップはそれに先駆けて設立されました。しかも、『社外』の中でもJRとはとびきりかけ離れたベンチャー企業との連携を進めていくことを目的に、最も尖がった存在としてオープンイノベーションの舞台に投入されました。 実は、2017年4月から『JR 東日本スタートアッププログラム』を通じて、ベンチャー企業等との共創活動をスタートさせています。これは、ベンチャー企業や様々なアイデアを持っている方々から、駅や鉄道、グループ事業の経営資源や情報資産を活用したビジネス・サービスの提案を募るというオープンイノベーション型のビジネス創造活動です。第1回は合計237件もの素晴らしい提案をいただき、審査の結果19件の提案を採択しました。この中には、後に無人決済店舗『TOUCH TO GO』につながるテクノロジーや新幹線を使った鮮魚輸送につながるアイデアがありました。JRの持つインフラとベンチャーの持つ発想や技術を掛け合わせると、こんなに面白い事業を創り出すことができるんだと、私たち自身もそのポテンシャルに驚きました。この活動をもっとやりたい、本格化したいと若手社員が進言したのが当社設立のきっかけとなりました」と語るのは、JR東日本スタートアップの柴田裕・代表取締役社長。
 
 

駅と鉄道を、新しい社会や暮らしを創るインキュベート拠点にする

大企業だからできるスケール感があって、ここにベンチャーと大企業の事業共創の醍醐味があるように思います。特に、大企業のサラリーマンは、もっと熱量を解放したほうがいい。やれることはまだたくさんあります。私も、自分は何をしたくてJRに入社したのかを起業家たちとのやり取りを通じて思い出しました。
いま鉄道会社は、新型コロナによって大変な厳しい事業環境にありますが、社会インフラを担う企業として、まだまだやれることがあります。この厳しい状況も、いずれ来ると想定していた厳しい環境が10年前倒しでやってきたのだと考えれば、それをプラスに変えることだってできます。そのとき、スピード感や従来の価値観にとらわれない新しい発想や技術が必要になるでしょう。それこそ、私たちCVCの出番だと思います。今こそ本気で、私たちだからできる新しい社会や暮らしを創る新規事業を、ベンチャー企業の皆さんと一緒に産み出していきたい。駅と鉄道がそのためのインキュベート拠点になれればと考えています」と、柴田氏は語る。
 

事業スコープ

乗降客のみなさまのために、職員のみんなのために

フェイスブック2みたいなことはシリコンバレーの人たちがやった方がよくて、JRの僕たちのストライクゾーンじゃない。JRがやるんだから、「乗降客のみなさまのために」、「職員のみんなのため」という事業をやるべきで、そうでないものはやらないと明確に決めよう、と言いました。 「フェイスブック2」のような事業では、誰もその事業性を判断できず、勢い入社年次のヒエラルキーがものを言ってしまい、柴田さんが是って言ったらみんなも是と言ってしまうかもしれない。それじゃ組織力は生まれません。 でも、「乗降客のみなさまに」「職員のみんなに」と言ったら、それぞれの部署の出身者がそれぞれの経験をいかして、総力戦で臨むことができます。そうすることでJRの新規事業としてシナジーを利かせることができるのです。
 

リアル・プラットフォーム

投資対象は①人・モノ・情報をタイムリーに結び付け、利便性を高めるサービスの創出、②出発地から目的地までをスムーズにつなぐ快適な移動の創造、③より安心・安全な輸送、サービス向上に資する技術革新、④魅力あるサービスの提供を通じ、国内外の多様な人々が集い楽しめる場としての駅づくり、⑤地域の雇用・移住・観光の促進、⑥環境負荷の少ないエネルギーや安全で安定した食糧の供給など社会的課題の解決。
 

運用

必ず実証実験をする

パートナーを選定するにあたり、「必ず実証実験をする」というルールを定めました。 なぜなら、確度が高いと思える新規事業でさえも、1分の1で簡単に成功するわけがないからです。だからまず、試しましょうと。試した結果、それでもイケるとなったら、本格的に展開しましょうと。
こんな具合に、JR東日本スタートアップは、どんどん事業を展開しています。設立から4年で、923のスタートアップとの共創を検討し、そのうち92個は実証実験を行い、最終的に41個事業をつくりました。4年間、総勢8人で41個の事業をつくったわけです。
 
従来もスタートアップとCVCの実証実験では、JR東の関係部署の社員も一緒に入って三位一体で進めてきた。実験を円滑に進めるだけでなく、社員に「大企業では感じにくい当事者意識や達成感を味わってほしい」(CVCの柴田氏)との狙いがあった。 そのような経験を経て「本社内でも当事者意識を持って取り組む人がさらに増えれば、大企業(のJR東)であっても変われるのではないか」と柴田氏は期待する。
 

スピードを重視

JR東本体としても外部と連携するオープンイノベーションを進めてきたが、「大企業同士の共同研究の場合も多く、お金や人、時間が結構かかっていた」(JR東総合企画本部の小古井章氏)。よりスピーディーに進めるためスタートアップとの連携に絞り、18年にCVCを設立した。 JR東のCVCは、スタートアップへの投資のリターンではなく、事業創造に軸足を置くことを特徴とする。 CVC設立直前の17年から年に1回、協業に向けてスタートアップから提案を募るプログラムを実施し、累計900超の企業から応募があった。うち約90で実証実験を行い、41が事業化につながっている。ソナスもその一つだ。実験は提案を採択したプログラムと同じ年度内に行うのが原則で、スピードを重視する。
 
阿久津氏は、「TTGは資本面で大企業のバックアップを受けながら、スタートアップならではのスピードでビジネスをドライブしていく。いわば大企業とスタートアップの“いいとこどり”をしたようなもの」と評し、「技術的な強みとしては、直接落とし所を理解した上でモノづくりをしているところだと考えている。決済端末などのハード面、アルゴリズムや決済などのIT技術、そこにオペレーションのノウハウを組み合わせて最短距離でシステムソリューションを提供できる」と自信を見せた。
 

逆ピッチ

スタートアップからのボールを待つだけでなく、JR東グループから課題を提示してマッチングを目指す「逆ピッチ」も、20年度から始めた。受け身ではないJR東発の協業を仕組みとして進める。 協業へのJR東の姿勢は「まだまだ解きほぐしていかないといけない」(小古井氏)といい、成功事例の積み重ねから一歩踏み出して意識改革にもつなげたい考えだ。
 

コーポレートフィット

自社の課題

コロナ前には鉄道などの運輸事業がJR東の連結売上高の7割を占め固定費水準が高く、どう費用を削るかは喫緊の課題だ。コロナ禍で鉄道利用の回復が見込みにくいなか、非鉄道事業が売上高に占める割合を早期に5割に伸ばす方針で、新たな収益源の開拓も急務となっている。 「新型コロナの影響で危機感もあるなか、コスト削減や事業創出は以前よりもスピード感が求められている。スタートアップとの連携は避けて通れない」(小古井氏)との認識だ。保守の効率化などは効果がわかりやすく、鉄道での固定費減にも直結する。今後は「さまざま事業があるなかで、実際の効果を追求していきたい」(同)とする。
 

オープンイノベーション

JR東日本の『三河屋』

今でこそ事業提案を募るプログラムから実証実験、出資や合弁へというパターンで順調に運んでいるが、プログラムを始めた当初は難航した。柴田氏らが「JR東日本の『三河屋』」(同)を自任し、JR東の関係部署に「ご用聞き」のようにスタートアップの技術などを提案に回っても、なかなか取り合ってもらえないこともあったという。 だがこれまでの4回のプログラムを通じて成功事例を重ね、JR東本体の側の意識も変わりつつある。冒頭に挙げたソナスとの協業も、課題解決に向けてスタートアップの知見を使えないかとJR東の保守の部門が声を上げたことがきっかけだった。柴田氏は「まだ珍しい事例だが、今後はこういうケースが増えていくのではないか」とみる。 また「本社の部署がスタートアップとの協業に興味をもって問い合わせてくることもある」(JR東総合企画本部の小古井氏)といい、コラボに前向きな姿勢へと徐々に変わってきているのは確かだ。
柴田氏は「(駅ホームの安全の目印となる)黄色い線のなかでやんちゃをしよう」をCVCやJR東グループの関係者の合言葉にしている。鉄道の保守などの現場において安全は最重要事項で「そこを脅かすつもりはない」(柴田氏)。安全性を確保した上で、どれだけ外部の知見を取り入れ新たな事業をつくれるかが勝負のしどころとなる。
 

これまでの実績

毎年200件を超える応募があり約20社の提案が採択

出資は1社当たり数千万円から数億円

2021年までに出資したのは34社

JR東日本スタートアッププログラムは、2021年に5回目を数えるまでになった。毎年200件を超える応募があり約20社の提案が採択される。しかし、すべての提案に出資するわけではなく、そこから起業家と一緒に事業を作っていき、資金が必要ならば出資していく。エグジットは単に金融リターンを狙っているわけではない。出資する場合は、1件当たり数千万円から数億円。これまでに出資したのは34社を数える。
 
 

新規事業創出事例

次世代IoT無線「ソナス」

鉄道が安全運転を続けられるよう線路などを保守管理する現場で、作業にかかる手間が従来の18分の1に――。JR東日本が2020年11月から行った実証実験で、東京大学発スタートアップのソナス(東京・文京)との協業が効果として現れた。 線路の上の空中に渡した電線の張り替え工事で、電柱が倒れないように傾きを計測する作業がある。従来は電柱に取り付けて傾きを測るセンサーや電源など複数の機器を運搬・設置するのに、4人がかりで約90分を要した。 一方、ソナスは無線でデータを送る手のひら大のセンサーなど小型で軽量の機器を開発した。2人で約10分で設置できるようになり、時間も人手も節約できた。省電力で運用コストも減らせる。
ソナスは高速無線通信技術を活用し、橋梁や構造物をモニタリングするシステムなどを手掛けることから「鉄道のDX(デジタルトランスフォーメーション)には貢献できるとずっと思っていた」(大原壮太郎最高経営責任者=CEO)。 JR東とは結果が良ければ本格導入する前提で実験し、実際に作業時間は短縮し傾きを検知する精度も向上した。今は「半年以内の本格導入に向けブラッシュアップを進めている」段階だ。 保守作業は終電から始発までの限られた間にしかできないものが多い。JR東も終電を繰り上げるなどで保守のための時間を確保するが、作業自体の効率化は欠かせない。現場作業員の人手集めも難しくなるなか、新たな技術による効率化は経費減に加えて働き方の改善にもつながる。
 

鮮魚販売や生鮮品のEC「フーディソン」

確かに実証実験には「JR東内部では事業化につながりにくいような、とっぴなアイデアも多い」(柴田氏)が、実際にはJR東とのシナジーを生み始めている。一例が、鮮魚販売や生鮮品の電子商取引(EC)を手がけるフーディソン(東京・中央)だ。 フーディソンは17年度のプログラムに参加し、その日に水揚げされたばかりの鮮魚を駅構内で売りたいと提案した。柴田氏には当初「駅が臭くなる懸念や、そもそもスーパーなどがあるなかで駅で鮮魚を買う人がいるのかとの疑問があった」。 しかし実証実験として品川駅(東京・港)に店舗を開いてみると、兵庫県産のカキや新潟県産のサーモンなどがよく売れ、期間限定ながらリピーターもつくほどだった。好評を受けて19年からは品川駅構内での常設店舗へと発展した。 同じ19年には新潟産などの魚をより素早く東京に届けようと新幹線で輸送し、上越新幹線では初めてとなる試みにもなった。CVCを入り口にフーディソンとJR東グループ各社との直接の関係構築も進み、現在は駅ナカへの出店など個別に協業を進める。 フーディソンのような先行事例が確かな実績となり、先入観を排して潜在需要を次々と事業化していこうという流れが生まれつつある。
 

キャンプ施設「ヴィレッジインク」

キャンプ施設などを手掛けるVILLAGE INC(ヴィレッジインク、静岡県下田市)と20年に行った実証実験では、土合駅(群馬県みなかみ町)にグランピング施設を開いた。サウナなども展開し、約1カ月半の期間中は雪などでのキャンセルを除き予約でいっぱいだった。
 

ローカル・ビジネス・インキュベーター「さとゆめ」

東京郊外の青梅線でも、CVCや同線を管轄するJR東八王子支社が地域活性化を手掛けるさとゆめ(東京・千代田)と組んだ。沿線に点在する空き家を滞在型観光に活用する「沿線まるごとホテル」を21年2~4月に実証実験し、無人駅を宿泊客がチェックインする「ホテルのフロント」として使った。 鉄道会社にとって乗客の少ない地方の路線は採算確保が難しく、無人駅もコストがかかる「お荷物」という認識が根強くある。だが「今回の成功で駅の活用に新たな選択肢ができた」(CVCの柴田社長)。外部の目で既存のインフラを見つめ直し、資産として生かす道を開きつつある。

調理用ロボット「コネクテッドロボティクス」

収益を生む場として開発してきた駅ナカでは、効率化でスタートアップの力を借りる。 調理ロボットを手掛けるコネクテッドロボティクス(東京都小金井市)と組み、駅構内のそば店での調理など飲食店業務の自動化を進めて、新たなビジネスチャンスにもする。
 

バイオプラスチック開発「事業革新パートナーズ」

バイオプラスチック開発の事業革新パートナーズ(川崎市)とは、鉄道を風雪害などから守る「鉄道林」の間伐材の活用で連携。間伐材由来の生分解性素材によるタンブラーをつくり商品化した。

フードシェアリング「コークッキング」

駅ナカの物販や飲食の各店舗では食品廃棄が生じるが、こうしたフードロスの削減に向けてはフードシェアリングサービスを手掛けるコークッキング(東京・港)と協業して取り組む。余った食品を買い取り各店の従業員に販売する仕組みを構築した。

障害者によるアウトサイダー・アート「ヘラルボニー」

知的障害のあるアーティストのブランドを企画するヘラルボニー(盛岡市)に対しては、駅や建設工事現場などを作品でラッピングする場として提供した。作品は展示後にバックなどに加工して販売し、街の活性化とアーティスト支援の両立を狙った。

点検・測量ドローン「Liberaware」

ドローン開発のLiberaware(リベラウェア、千葉市)とは駅の天井裏など狭小空間を小型ドローンで点検するなどといった保守の効率化で連携する。
21年7月には同社とCVC、グループのJR東日本コンサルタンツ(東京・品川)の3社で出資する新会社CalTa(カルタ、東京・渋谷)を設立した。