書籍概要
単一のプロダクト開発から、周囲の他社を巻き込んだ「仕組みの支配(プラットフォーム化)」へのステップアップを図るリーダーにとって必須の知識が詰まっています。
イノベーターへの視点
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エコステムとしての競争 自社だけで完結せず、他社のリソースやデータをいかに活用し、逃れられない強力な「囲い込み(ロックイン)」を設計するかの戦略が学べます。
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プラットフォーム・マネジメント 多面市場(マルチサイド・マーケット)におけるネットワーク効果をいかに発動させ、雪だるま式の成長を実現するか。そのためのルール設計の妙が説かれています。
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ディスラプションへの対抗 他業界から突然現れる「破壊者」に対し、既存企業はいかに自らのモデルを再定義し、産業構造そのものをアップデートしていくべきかの指針が得られます。
徹底分析:『ビジネスモデルの教科書 上級編』
要約(Abstract)
本書は、PwCコンサルティングやIBMビジネスコンサルティングサービスでの実務経験を持つ今枝昌宏が、 100パターン以上のビジネスモデルと100社超の実例 を体系的に整理した実践書である。前著『ビジネスモデルの教科書』が31の基本パターンを扱ったのに対し、本書はエコシステム、プラットフォーム、ロックインといった 上位概念の競争構造 に踏み込む。
全5部構成で、ビジネスモデル総論から事業内部モジュール、事業全体を貫く仕組み、事業間の仕組み、そして有効なビジネスモデルの構築方法までを網羅する。IoTやビッグデータによるビジネスモデル変革にも言及し、「顧客のコミュニティ化」や「自社製品からの情報フィードバック」など デジタル時代の新パターン も収録している。
一橋大学ビジネススクール客員教授でもある著者の学術的素養と、コンサルタントとしての実務経験が融合した、理論と実践の架け橋となる一冊である。
1. 核心テーゼ(内部構造)
1-1. エコシステム支配の論理
本書の第一の核心は、競争の単位が「企業対企業」から 「エコシステム対エコシステム」へ移行 しているという認識である。単一企業の強みだけでは持続的な競争優位を築けない時代において、他社のリソースやデータをいかに自社の仕組みに組み込むかが問われる。
ロックイン戦略の設計では、 スイッチングコストの多層化 が鍵となる。技術的ロックイン、データロックイン、コミュニティロックインを重ね合わせることで、顧客離脱の障壁を高める手法が詳述される。この発想は、Iansiti & Levien(2004)が提唱した「キーストーン戦略」と軌を一にするものである。
1-2. プラットフォームの収益設計
第二の核心は、 マルチサイド・マーケット における価格構造とネットワーク効果の設計論である。プラットフォーム運営者は、どちら側を「マネーサイド」とし、どちら側を「サブシディサイド」とするかを戦略的に決定しなければならない。
本書はこの価格設計の判断基準を、需要の弾力性と参加者の質という二軸で整理している。Eisenmann, Parker & Van Alstyne(2006)の理論的枠組みと実務的知見を接続させた点が、日本語文献としての 独自の貢献 である。
1-3. ディスラプションの構造分析
第三の核心は、異業種から突然現れる破壊者への対抗戦略である。既存企業が「自社のビジネスモデルを再定義する」ためのフレームワークとして、 100パターンの型 を参照枠として提示する。
単なるカタログではなく、パターン間の組み合わせや進化経路を示すことで、読者が自社の状況に応じた戦略を構築できるよう設計されている。この「型の蓄積による戦略的稽古」というアプローチは、楠木建による書評でも高く評価された点である。
2. 批判的分析(外部批評)
本書に対しては、いくつかの構造的な限界が指摘できる。まず、 100超のパターンを網羅する一方で、各パターンの深掘りが浅くなる 傾向がある。個々の事例分析は概括的であり、特定の業界における適用条件や失敗事例の検討が十分とはいえない。
次に、2016年刊行のため、 AIプラットフォームやデータ駆動型エコシステム の急速な進化を十分に反映していない。生成AIやクラウドネイティブなプラットフォームが登場した現在、ロックインの性質やネットワーク効果の発動メカニズムは大きく変容している。
さらに、日本企業の事例に偏りがある点も課題である。グローバルなプラットフォーム競争の文脈では、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)やテンセント、アリババといった 巨大プラットフォーマーの戦略分析 がより厚く求められる。
ただし、体系的な「型」の整理という本書の目的に照らせば、これらは「深さ」と「広さ」のトレードオフの結果であり、実務家向けのリファレンスとしての価値を損なうものではない。
3. 比較分析(ポジショニング)
3-1. vs. Osterwalder & Pigneur『ビジネスモデル・ジェネレーション』(2010)
Osterwalder & Pigneurの『ビジネスモデル・ジェネレーション』は、9つの構成要素からなる ビジネスモデル・キャンバス(BMC) という設計ツールを提供した。BMCはビジネスモデルの「可視化」に優れるが、競争構造やエコシステムの動態を捉える枠組みとしては不十分である。
今枝の上級編は、BMCが扱わない プラットフォーム間競争やロックイン構造 を正面から取り上げる。Osterwalderが「設計のためのキャンバス」であるのに対し、今枝は「分析のためのパターン集」として位置づけられる。両者は補完関係にあり、BMCでモデルを可視化し、今枝のパターンで競争優位の仕組みを検証するという使い方が有効である。
3-2. vs. 根来龍之『プラットフォームの教科書』(2017)
早稲田大学ビジネススクール教授・根来龍之の『プラットフォームの教科書』は、 ネットワーク効果とレイヤー構造 に焦点を当てた専門書である。プラットフォームビジネスの「なぜ急速に成長するか」「なぜ一人勝ちになるか」「なぜ突然覆されるか」という本質的問いに答える。
今枝の上級編はプラットフォームを100超のビジネスモデルの一類型として扱うのに対し、根来はプラットフォームそのものを主題とする。 広さの今枝 vs. 深さの根来 という構図であり、プラットフォーム戦略を本格的に学ぶなら根来が、ビジネスモデル全体を俯瞰するなら今枝が適している。
3-3. vs. 三谷宏治『ビジネスモデル全史』(2014)
三谷宏治の『ビジネスモデル全史』は、メディチ家の15世紀の国際決済システムからPayPalまで、 ビジネスモデルの歴史的進化 を70超のモデルと100社超の事例で描いた通史である。
今枝の上級編が「現在のビジネスモデルの構造分析」に軸足を置くのに対し、三谷は「なぜそのモデルが生まれたか」という 時間軸での因果関係 を重視する。今枝が「How(どう設計するか)」を論じるなら、三谷は「Why(なぜ生まれたか)」を論じる。戦略立案には今枝を、歴史的な洞察と教養には三谷を参照すべきである。
4. 学術的検証(科学的根拠)
本書の理論的基盤は、複数の学術的潮流に根ざしている。エコシステム戦略の理論的支柱は、Iansiti & Levien(2004)の「 Strategy as Ecology」であり、企業ネットワークを生態系として捉えるアプローチである。キーストーン企業がエコシステム全体の健全性を維持しつつ価値を獲得するという構図は、本書のエコシステム論と整合する。
Ron Adner(2017)の「Ecosystem as Structure」は、エコシステムを 価値提案の実現に必要な多者間の整合構造 として定義した。本書が論じるプラットフォーム設計論は、この構造的視点を実務に翻訳したものと解釈できる。
Gawer & Cusumano(2002, 2014)の「プラットフォーム・リーダーシップ」研究は、IntelやMicrosoftがいかにして 産業プラットフォーム を構築し、補完者のイノベーションを誘発したかを分析した。本書が説くプラットフォーム・マネジメントの議論は、この研究の実務的応用として位置づけられる。
ただし、近年のプラットフォーム研究(Rietveld & Schilling, 2021)が指摘する プラットフォーム間競争の動態的分析 は、本書では十分に展開されていない。学術研究の進展を踏まえたアップデートが待たれる領域である。
5. 実践的示唆とケーススタディ
5-1. 楽天:エコシステム型ロックインの実装
楽天グループは、ECモールを起点に 楽天スーパーポイントと共通IDを軸 としたエコシステムを構築した。楽天カード、楽天銀行、楽天証券といった金融サービスへの拡張により、消費データと金融データの連携を実現している。
2016年開始のスーパーポイントアッププログラム(SPU)は、複数サービスの利用条件を満たすほどポイント還元率が上がる仕組みで、 クロスユースの活性化とスイッチングコストの多層化 を同時に達成した。本書が説くロックイン戦略の典型的な実装例であり、技術的ロックインではなく経済的インセンティブによる囲い込みが特徴的である。
5-2. トヨタ KINTO:製造業からプラットフォームへの転換
トヨタは2019年にサブスクリプション型サービス「KINTO」を立ち上げ、自動車メーカーから モビリティ・プラットフォーマー への変革を宣言した。従来の「製造・販売」モデルから、保険・税金・メンテナンスを一体化した「利用権提供」モデルへの移行である。
2021年にはモビリティマーケットを開設し、カーシェアやドライビング体験など 多面市場プラットフォーム として機能を拡張している。本書が論じる「既存企業によるビジネスモデルの再定義」の実践事例であり、ディスラプションへの先制的対応として示唆に富む。
5-3. リクルート:リボンモデルによるマルチサイド・マーケット
リクルートの「リボンモデル」は、 約9,700万の個人ユーザーと約97万の企業クライアント を結びつけるマッチング・プラットフォームである。人材、住宅、飲食、美容、教育という多領域で、同一のプラットフォーム設計思想を横展開している。
創業60年超でネット転換後も年平均成長率8%超を維持する源泉は、 間接ネットワーク効果の意図的な設計 にある。求職者が増えるほど企業が集まり、企業が増えるほど求職者が集まるという正のフィードバックループを、各事業領域で再現し続けている。本書が論じるマルチサイド・マーケットの教科書的な成功事例である。
6. 結論
『ビジネスモデルの教科書 上級編』は、ビジネスモデルの「型」を体系的に整理し、 エコシステム・プラットフォーム・ロックイン という上位概念での競争戦略を日本語で包括的に論じた貴重な文献である。楠木建が「凡百の類書とは一線を画す」と評したように、コンサルタントの実務知と学術的体系性を兼ね備えた稀有な実践書といえる。
一方で、2016年刊行という時間的制約から、 AIプラットフォームやデータネットワーク効果 に関する記述は限定的である。DX(デジタルトランスフォーメーション)が常態化した現在の経営環境では、本書の枠組みをアップデートしつつ活用する姿勢が求められる。
ビジネスモデルの設計・分析に取り組む実務家にとって、本書は「戦略的思考の型稽古」として今なお高い有用性を持つ。根来龍之の『プラットフォームの教科書』やOsterwalderの『ビジネスモデル・ジェネレーション』と併読することで、 構造分析・可視化・深掘りの三位一体 の戦略思考を獲得できる。
参考文献
- 今枝昌宏(2016)『ビジネスモデルの教科書 上級編:競争優位の仕組みを見抜く&構築する』東洋経済新報社.
- 今枝昌宏(2014)『ビジネスモデルの教科書:経営戦略を見る目と考える力を養う』東洋経済新報社.
- Osterwalder, A. & Pigneur, Y. (2010) Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Game Changers, and Challengers. Wiley.
- Eisenmann, T., Parker, G. & Van Alstyne, M. W. (2006) “Strategies for Two-Sided Markets.” Harvard Business Review, 84(10), 92-101.
- Iansiti, M. & Levien, R. (2004) “Strategy as Ecology.” Harvard Business Review, 82(3), 68-78.
- Adner, R. (2017) “Ecosystem as Structure: An Actionable Construct for Strategy.” Journal of Management, 43(1), 39-58.
- Gawer, A. & Cusumano, M. A. (2002) Platform Leadership: How Intel, Microsoft, and Cisco Drive Industry Innovation. Harvard Business School Press.
- Gawer, A. & Cusumano, M. A. (2014) “Industry Platforms and Ecosystem Innovation.” Journal of Product Innovation Management, 31(3), 417-433.
- Rietveld, J. & Schilling, M. A. (2021) “Platform Competition: A Systematic and Interdisciplinary Review of the Literature.” Journal of Management, 47(6), 1528-1563.
- 根来龍之(2017)『プラットフォームの教科書:超速成長ネットワーク効果の基本と応用』日経BP.
- 三谷宏治(2014)『ビジネスモデル全史』ディスカヴァー・トゥエンティワン.
- 立本博文(2017)『プラットフォーム企業のグローバル戦略:オープン標準の戦略的活用とビジネス・エコシステム』有斐閣.
- 楠木建(2014)「書評:ビジネスモデルの教科書」ALL REVIEWS.
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