書籍概要
「環境に良い」だけではビジネスは持続しません。サーキュラーエコノミーを、新しい「収益源」や「参入障壁」として捉え直し、既存のビジネスモデルを根本から再構築するための思考法です。
イノベーターへの視点
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バリューチェーンの円環化 リサイクル(再資源化)だけでなく、リペア(修理)、シェア(共有)、リマニュファクチュアリング(再製造)。製品の寿命を延ばし、価値を循環させる多層的なアプローチ。
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製品のサービス化(PaaS) 「所有」から「利用」へ。製品を売るのではなく「機能」を提供することで、資源消費を抑えながら安定した収益(サブスクリプション等)を築く。
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トレーサビリティの重要性 どこで、誰が、どう作ったか。デジタルの力で資源の流れを可視化することが、ブランドの信頼性と資源回収効率を劇的に高める武器になります。
徹底分析:『サーキュラーエコノミー ― 企業がやるべきSDGs実践の書』
要約(Abstract)
本書は、 線形経済(take-make-dispose)から循環経済への転換 を、日本企業が取り組むべき実践的フレームワークとして提示した入門書である。ミシュラン、グッチ、アディダス、アップルなど各業界のリーディングカンパニーによるサーキュラーエコノミーの先進事例を豊富に紹介し、「環境配慮」を「収益機会」へと読み替える視座を提供する。
出版年の2020年は、EUが「新循環経済行動計画(Circular Economy Action Plan)」を採択した年と重なる。 SDGsとサーキュラーエコノミーの接続点 を日本語で体系的に解説した書籍として、ビジネスパーソン向けの啓蒙的役割を果たしてきた。
一方で、概念の学術的基盤や熱力学的制約への言及は限定的であり、トレンド解説としての性格が強い。本分析では、サーキュラーエコノミー概念の理論的構造、学術的批判、国際的な位置づけ、そして 企業実践の具体的成果と限界 を多面的に検証する。
1. 核心テーゼ(内部構造)
1-1. バリューチェーンの円環化:リサイクルを超える多層戦略
本書の第一の主張は、循環経済が単なるリサイクル(素材の再資源化)にとどまらないという点である。リペア(修理)、リユース(再利用)、リマニュファクチュアリング(再製造)、シェアリング(共有)という 複数の「R戦略」を階層的に組み合わせる ことで、製品の価値保持期間を最大化できるとする。
この主張は、Bocken et al.(2016)が提唱した「資源ループの減速(slowing)・閉鎖(closing)・縮小(narrowing)」という3類型と整合する。素材レベルのリサイクルは「ループの閉鎖」に該当するが、 製品寿命の延長や共有モデルは「ループの減速」 に分類され、より高い資源効率をもたらす。
本書はこの階層構造を平易な言葉で説明しており、実務家にとっての理解促進に寄与している。ただし、各R戦略間の優先順位やトレードオフに関する定量的議論は限定的である。
1-2. 製品のサービス化(Product as a Service):所有から利用への転換
第二の主張は、製品の「所有権移転」から「機能提供」へのビジネスモデル転換である。 PaaS(Product as a Service)モデル では、メーカーが製品の所有権を保持したまま、顧客に機能やサービスを提供する。これにより、メーカーには製品の長寿命化・修理容易性を高めるインセンティブが生まれる。
代表的事例として本書が紹介するミシュランのフリートソリューションズは、タイヤを「売る」のではなく「走行距離」を提供するモデルである。Philips(現Signify)がアムステルダム・スキポール空港で展開した「Light as a Service」では、照明器具の所有権をPhilipsが保持し、空港は「光」の使用量に対して対価を支払う。この事例では エネルギー消費の50%削減 と、照明器具の寿命75%延長が報告されている。
PaaSモデルは安定的なサブスクリプション収益をもたらす一方で、後述するリバウンド効果への対応が不可欠となる。
1-3. トレーサビリティとデジタル技術:信頼性と回収効率の基盤
第三の主張は、サプライチェーン全体の 資源フローの可視化 がサーキュラーエコノミーの成否を左右するという点である。デジタルパスポート、ブロックチェーン、IoTセンサーなどの技術を活用し、素材の出自・加工履歴・使用状況を追跡可能にすることで、回収・再資源化の効率が飛躍的に向上する。
EUは2024年以降、バッテリー規則においてデジタル製品パスポートの義務化を段階的に進めている。本書が2020年時点でこのトレンドを指摘していた先見性は評価に値する。ただし、 中小企業にとってのデジタル投資負担 やデータ標準化の課題については踏み込んだ議論が必要である。
2. 批判的分析(外部批評)
本書に対する書評では、「サーキュラーエコノミーの概念と先進事例をわかりやすく伝えている」という肯定的評価が多い一方、「 技術的・社会科学的な深掘りが不足 している」「トレンド解説の域を出ない」という指摘も見られる。
学術的には、サーキュラーエコノミー概念そのものに対する根本的な批判が存在する。Corvellec et al.(2022)は、『Journal of Industrial Ecology』において、サーキュラーエコノミーが「定義が曖昧で理論的基盤が不明確」であり、「 技術的・経済的言説に支配されたイデオロギー的アジェンダ」に基づくと論じた。循環型であること自体が持続可能性を保証するわけではないという指摘は重要である。
さらに、Korhonen et al.(2018)は『Ecological Economics』において、熱力学第二法則(エントロピー増大則)の観点から、完全な物質循環は物理的に不可能であると指摘した。リサイクルには必ずエネルギー投入が必要であり、 素材の品質劣化(ダウンサイクリング)も避けられない。本書はこうした理論的限界への言及が薄く、サーキュラーエコノミーの楽観的な可能性を過大に提示している面がある。
脱成長(degrowth)の立場からは、サーキュラーエコノミーが経済成長の枠組みの中で機能する限り、絶対的な資源消費量の削減には至らないという批判もなされている。効率性の向上が新たな消費を誘発する「 リバウンド効果」は、Schultz(2024)が『Journal of Industrial Ecology』で再概念化を試みるほど、学術的に重要な論点となっている。
3. 比較分析(ポジショニング)
3-1. クレイドル・トゥ・クレイドル(C2C)との比較
McDonough & Braungart(2002)の「Cradle to Cradle」は、すべての素材を「生物的栄養素」と「技術的栄養素」に分類し、廃棄物という概念そのものを設計段階で排除する思想である。サーキュラーエコノミーが マクロ経済システム全体の転換 を志向するのに対し、C2Cは製品設計レベルのミクロな方法論に焦点を当てる。
本書はC2Cの思想を部分的に取り込みつつも、ビジネスモデル変革やバリューチェーン再構築というシステムレベルの議論を重視している。両者は対立概念ではなく相補的関係にあるが、本書ではその理論的系譜が十分に整理されていない。
3-2. エレン・マッカーサー財団のフレームワークとの関係
サーキュラーエコノミーの国際的な普及において、 エレン・マッカーサー財団(Ellen MacArthur Foundation) の果たした役割は極めて大きい。同財団は、サーキュラーエコノミーへの移行により欧州だけで年間1.8兆ユーロの経済価値が創出されると試算している。米国においても、GDPの4〜7%に相当する8,830億〜1.5兆ドルの経済価値が見込まれるとする。
本書はこうした国際フレームワークの知見を日本企業向けに翻訳・再構成した位置づけにある。ただし、Kirchherr et al.(2023)が指摘するように、サーキュラーエコノミーの定義は221件以上存在し、学術研究と実務の間で概念的な乖離が拡大している点には注意が必要である。
3-3. Geissdoerfer et al.(2017)のサステナビリティ・パラダイム論との対比
Geissdoerfer et al.(2017)は、サーキュラーエコノミーとサステナビリティの関係を8つの類型に整理し、 両概念の類似点と相違点 を体系化した。サステナビリティが環境・社会・経済の三側面を包括するのに対し、サーキュラーエコノミーは主に資源効率と経済的価値創出に焦点化される傾向がある。
本書がSDGsとサーキュラーエコノミーを直結させるアプローチは、実務的にはわかりやすいが、社会的公正や労働問題といった側面が相対的に軽視されるリスクをはらんでいる。
4. 学術的検証(科学的根拠)
サーキュラーエコノミーに関する 学術論文数は爆発的に増加 している。Kirchherr(2023)によれば、Scopusでの「circular economy」関連論文は2024年末時点で39,000件を超え、その83%が2020年以降に発表されたものである。研究領域は工学・環境科学から経済学・社会学へと拡大しており、学際的な研究分野として成熟しつつある。
しかし、実証面では課題が残る。EUの 循環素材利用率(Circular Material Use Rate: CMUR) は、2010年の10.7%から2023年の約12.2%へとわずか1.5ポイントの上昇にとどまっている。2030年までにCMURを倍増させる目標に対し、現在のペースでは大幅に未達となる見込みである。金属鉱石のCMURは約25%と比較的高いが、化石燃料由来素材は3%強にすぎない。
日本においても、メンバーズの「日本企業のサーキュラーエコノミー実態調査2025」によれば、「積極的もしくは一部で取り組み」と回答した企業は わずか13.4% にとどまり、「未着手・不明」が81.7%を占める。推進の最大障壁は「専門人材の不足」(24.5%)であり、次いで「法規制等の未整備」(21.4%)、「技術の未熟さやコストの高さ」(20.9%)が続く。
こうしたデータは、サーキュラーエコノミーが理念としては広く受容されつつも、 実装段階では構造的な障壁が依然として大きい ことを示している。本書が提示するような先進事例はあくまで例外的な成功例であり、産業全体への波及にはシステミックな政策介入が不可欠である。
5. 実践的示唆とケーススタディ
事例1:Philips(現Signify)の「Light as a Service」
2015年、アムステルダム・スキポール空港はPhilips Lightingと「 Light as a Service(LaaS)」契約を締結した。空港は照明器具を購入するのではなく、「光」の利用に対して対価を支払う。Philipsは照明設備の所有権を保持し、設計・保守・廃棄までの全ライフサイクルに責任を負う。
この契約により、LED照明への転換で エネルギー消費量が50%削減 された。また、照明器具はモジュール設計が採用され、部品単位での交換・修理が可能となったことで、従来品と比較して器具寿命が75%延長された。廃棄時にはPhilipsが回収し、部品の再利用またはリサイクルを行う。PaaSモデルにより、メーカー側に長寿命・高効率製品を設計するインセンティブが内在化された成功事例である。
事例2:IKEAの「Buy Back & Resell」プログラム
IKEAは2020年より、使用済み家具の買い取り・再販プログラムを展開している。顧客が不要になったIKEA製品を店舗に持ち込むと査定額で買い取り、「As-Is」コーナーで再販する仕組みである。2023年には前年比2倍以上の 263,000点以上のセカンドチャンス商品 がオンライン予約を通じて販売された。
米国では2024年末までに33店舗でプログラムが稼働し、211,600人以上の顧客が利用した。買い取られた製品の多くは48〜72時間以内に再販されるという回転率の高さも特徴的である。IKEAは 2030年までに完全循環型ビジネスモデルへの移行 を掲げており、買い取り対象SKUを700品目追加するなど、プログラムの拡充を加速させている。
事例3:トヨタグループの「サーキュラー・コア」設立
2024年10月、トヨタ自動車は豊田通商、アイシン、デンソー、豊田中央研究所を中核企業とし、トヨタグループ10社を会員とする 一般社団法人サーキュラー・コア を設立した。電動車の普及に伴い急増するバッテリーの資源循環を主目的とし、「電池3R(Reduce・Rebuilt/Reuse・Recycle)」の仕組み構築を推進している。
「第7次トヨタ環境取組プラン」では、2025年までに日本・米国・欧州・中国・アジアの 5地域で電池3Rの運用を開始 する目標を掲げた。グループ横断でサプライチェーンを再構築し、使用済みバッテリーの回収・無害化・二次利用を一貫して管理する体制は、自動車産業におけるサーキュラーエコノミーの先駆的モデルとして注目される。
6. 結論
本書は、サーキュラーエコノミーの基本概念と国際先進事例を日本のビジネスパーソンに向けて平易に紹介した 実務的入門書としての価値 を有する。バリューチェーンの円環化、PaaSモデル、デジタルトレーサビリティという3つの柱は、循環経済の実践において不可欠な要素であり、その提示は的確である。
一方で、学術的な観点からは複数の限界が指摘できる。第一に、サーキュラーエコノミー概念そのものの理論的曖昧さ(Corvellec et al., 2022)と熱力学的制約(Korhonen et al., 2018)への言及が不足している。第二に、 リバウンド効果や社会的公正 といった構造的課題の検討が欠けている。第三に、EUのCMURがわずか12.2%にとどまる現実や、日本企業の81.7%が未着手という実態を踏まえると、先進事例の紹介だけでは産業全体の転換を促す処方箋としては不十分である。
それでもなお、2020年時点で日本語によるサーキュラーエコノミーの体系的解説書が極めて少なかった状況を考慮すれば、本書が果たした 啓蒙的役割は過小評価されるべきではない。今後は、理論的深化、実証データの蓄積、そして政策論議との接続を通じて、本書が切り開いた議論を次の段階へと発展させることが求められる。
参考文献
- Bocken, N. M. P., de Pauw, I., Bakker, C., & van der Grinten, B. (2016). Product design and business model strategies for a circular economy. Journal of Industrial and Production Engineering, 33(5), 308-320.
- Corvellec, H., Stowell, A., & Johansson, N. (2022). Critiques of the circular economy. Journal of Industrial Ecology, 26(2), 421-432.
- Ellen MacArthur Foundation. (2015). Growth Within: A Circular Economy Vision for a Competitive Europe. Ellen MacArthur Foundation.
- Geissdoerfer, M., Savaget, P., Bocken, N. M. P., & Hultink, E. J. (2017). The circular economy – A new sustainability paradigm? Journal of Cleaner Production, 143, 757-768.
- Kirchherr, J., Reike, D., & Hekkert, M. (2017). Conceptualizing the circular economy: An analysis of 114 definitions. Resources, Conservation and Recycling, 127, 221-232.
- Kirchherr, J., Yang, N.-H. N., Schulze-Spüntrup, F., Heerink, M. J., & Hartley, K. (2023). Conceptualizing the circular economy (revisited): An analysis of 221 definitions. Resources, Conservation and Recycling, 194, 107001.
- Kirchherr, J. (2025). A defense of the circular economy. Journal of Industrial Ecology. DOI: 10.1111/jiec.70128.
- Korhonen, J., Honkasalo, A., & Seppälä, J. (2018). Circular economy: The concept and its limitations. Ecological Economics, 143, 37-46.
- McDonough, W., & Braungart, M. (2002). Cradle to Cradle: Remaking the Way We Make Things. North Point Press.
- Oliver Wyman. (2024). The Circular Economy Can Unlock $1.5 Trillion for US Firms. Marsh McLennan.
- Santos, H. (2026). The circularity paradox: The rebound effect, governance, and the limits of corporate sustainability. Corporate Social Responsibility and Environmental Management. DOI: 10.1002/csr.70181.
- Schultz, F. C. (2024). The circular economy rebound effect: Reconceptualizing rebound approaches and mitigation opportunities from an ordonomic perspective. Journal of Industrial Ecology. DOI: 10.1111/jiec.13485.
- Signify. (2015). Philips provides Light as a Service to Schiphol Airport [Press release]. Signify.
- メンバーズ. (2025).「日本企業のサーキュラーエコノミー実態調査2025」. 株式会社メンバーズ.
- European Commission. (2020). A New Circular Economy Action Plan: For a Cleaner and More Competitive Europe. COM(2020) 98 final.
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