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書籍 新規事業戦略
P&G式 「勝つために戦う」戦略

P&G式 「勝つために戦う」戦略

A.G.ラフリー, ロジャー・L・マーティン, 鬼澤 慎人

戦略とは、5つの選択である

出版社 パンローリング
出版年 2023年
カテゴリ 新規事業戦略
ISBN 978-4775973172

書籍概要

P&Gがいかにして売上を2倍、利益を4倍にし、市場価値を1000億ドル以上向上させたか。その裏側にあるのは、極めてシンプルかつ峻烈な「戦略の選択」です。戦略を曖昧なビジョンに留めず、実効性のある「戦い方」へと昇華させるための教科書。

イノベーターへの視点

  1. 勝利のアスピレーション 単なる目標ではなく、顧客に対してどのような価値を提供し、いかにして勝つかという強い意思。

  2. どこで戦い、どうやって勝つか 戦場の選択(どこで)と、競合優位を築くための戦法(どうやって)。この2つが整合していることが戦略の核心。

  3. 中核的能力と経営システム 戦略を実行し続けるための組織的な能力と、それを担保する一貫した経営システム。


徹底分析:『P&G式 「勝つために戦う」戦略』

要約(Abstract)

本書『Playing to Win: How Strategy Really Works』は、P&G元CEO の A.G.ラフリー とトロント大学ロットマン・スクール元学長 ロジャー・L・マーティン が、戦略を「5つの選択の連鎖(Strategic Choice Cascade)」として体系化した実践的戦略論である。マーティンは Thinkers50 において2017年に世界第1位の経営思想家に選出され、Harvard Business Review への寄稿数は歴代2位(34本)を誇る。本書は Thinkers50 Best Book 2012-13 を受賞し、戦略論の古典であるマイケル・ポーターの ポジショニング学派 を実務レベルで再構築した点に最大の学術的貢献がある。

1. 核心テーゼ(内部構造)

テーゼ1: 戦略とは「選択の連鎖」である

本書の根幹をなすのは、戦略を5つの相互連関する問いの連鎖として定式化した ストラテジック・チョイス・カスケード である。(1) 勝利のアスピレーション、(2) どこで戦うか、(3) どうやって勝つか、(4) どのような能力が必要か、(5) どのような経営システムが必要か。この5層構造が上位から下位へ一貫性をもって整合することを、著者らは戦略の本質と定義する。

従来の戦略論がしばしば分析フレームワークの提示にとどまるのに対し、本書は 意思決定のプロセスそのもの を構造化している点が特徴的である。「戦略とは計画ではなく選択である」という命題は、戦略策定を受動的な環境分析から能動的な意思決定行為へと転換させた。

各選択は独立して存在するのではなく、相互に制約し強化し合う。例えば「どこで戦うか」の選択は「どうやって勝つか」を規定し、逆に「勝ち方」が「戦場」の再定義を促すこともある。この 双方向の整合性 が、単なるチェックリストとの決定的な違いを生んでいる。

テーゼ2: 「勝つ」ことへの意志がすべての起点となる

ラフリーとマーティンは、多くの企業が「参加すること」や「業績を改善すること」を目標に掲げるが、それは戦略ではないと断じる。 勝利のアスピレーション(Winning Aspiration)とは、特定の顧客に対して競合よりも圧倒的に優れた価値を提供するという、妥協なき意思表明である。

この「勝つ」への執着は、P&Gの企業文化に深く根ざしている。ラフリーは CEO 就任時、「P&Gが競合する全てのカテゴリと市場において、市場をリードし価値を創造するブランドを提供する」という明確なアスピレーションを掲げた。この宣言が組織全体の 意思決定の羅針盤 となり、資源配分の優先順位を規定した。

「勝つ」の定義は抽象的な市場シェアではなく、顧客の生活における具体的な価値提供として定義される点が重要である。これにより戦略は財務目標の達成手段から、 顧客価値の創造プロセス へと転換される。

テーゼ3: 能力は「システム」として機能する

本書の第三の核心は、個別の能力ではなく 能力のシステム が持続的競争優位の源泉であるという主張にある。この概念はマイケル・ポーターが提唱した「活動システム(Activity System)」の発展形であり、相互に補強し合う能力の束が模倣困難性を生むと論じる。

P&Gの場合、消費者理解、ブランド構築、イノベーション、流通パートナーシップ、グローバルスケールの5つが中核的能力システムを構成する。これらは個別には他社も保有し得るが、 5つが有機的に連動するシステム としては極めて模倣が困難である。

マーティンはこの点について、資源ベース理論(RBV)の VRIN 基準(Valuable, Rare, Inimitable, Non-substitutable)が個別資源の評価に偏る傾向を批判し、能力間の 相互補強関係 にこそ戦略的価値があると主張している。

2. 批判的分析(外部批評)

本書に対する批判は、主に3つの論点に集約される。

第一に、 P&G偏重の事例構成 への批判がある。書籍で取り上げられる事例の大半がP&Gのブランドに集中しており、異なる産業構造や企業規模への適用可能性が十分に検証されていない。特にスタートアップや中小企業が直面する資源制約下での戦略的選択については、本書のフレームワークが十分な指針を提供しないという指摘がある。

第二に、「どこで戦うか」の選択が 抽象度の高い記述にとどまる という批判がある。P&Gの事例における「ホームケア」「パーソナルケア」「新興市場」といった戦場の定義は広範であり、それ自体が競合との差別化要因になり得るのかという疑問が呈されている。Product Development and Management Association(PDMA)のレビューでも、能力の記述が「消費者理解」「イノベーション」といった一般的な表現にとどまり、How to Win の選択との区別が曖昧で トートロジー(同語反復)に陥るリスク があると指摘されている。

第三に、ヘンリー・ミンツバーグに代表される 創発戦略学派 からの構造的批判がある。マーティンのアプローチはポーターの「デザイン・スクール」に依拠しており、トップダウンの意図的な戦略策定を前提とする。しかしミンツバーグの研究によれば、意図された戦略のうち実現されるのは10〜30%に過ぎず、実現戦略の大部分は組織内の適応的プロセスから 創発的に形成される。デジタルディスラプションや指数関数的組織が台頭する現代の競争環境において、デザイン・アプローチの有効性には構造的な限界があるとの批判は根強い。

3. 比較分析(ポジショニング)

マイケル・ポーター『競争の戦略』との比較

ポーターの競争戦略論(1980)が産業構造分析とジェネリック戦略という 分析フレームワーク を提供したのに対し、本書は「何を選択し、何を捨てるか」という 意思決定プロセス を体系化した点で差別化される。マーティン自身がポーターの「活動システム」概念を能力システムに発展させたと明言しており、両者は対立関係ではなく 継承・発展関係 にある。ただし、ポーターの五つの力分析が産業レベルのマクロ的視座を提供するのに対し、チョイス・カスケードは企業レベルの戦略策定に焦点を当てており、分析の粒度が異なる。

リチャード・ルメルト『良い戦略、悪い戦略』との比較

ルメルトの『Good Strategy Bad Strategy』(2011)は、「診断」「基本方針」「一連の行動」という 戦略のカーネル(核) を提示した。マーティン自身が Medium 上でルメルトとの高い親和性を認めており、「悪い戦略」の特徴(曖昧なビジョン、目標の羅列、分析なき行動)に対する問題意識を共有している。両者の差異は、ルメルトが 診断(問題の特定) を起点とするのに対し、マーティンは アスピレーション(勝利への意志) を起点とする点にある。問題解決型と目標設定型という、戦略策定の出発点に関する根本的な哲学の違いが反映されている。

クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』との比較

クリステンセンの破壊的イノベーション理論(1997)が、 既存企業が合理的に行動するがゆえに市場を失う メカニズムを解明したのに対し、本書は既存の大企業がいかにして勝ち続けるかを論じる。P&Gのオレイ(Olay)再生事例は、破壊的イノベーションへの対応ではなく、既存ブランドの 戦略的再ポジショニング による勝利である。両書は補完関係にあるが、前提とする企業の立場が根本的に異なり、本書はインカンベント(既存企業)の視点に立脚している。

4. 学術的検証(科学的根拠)

本書の理論的基盤に関連する実証研究はいくつか存在する。

フィリップ・ナッターマンは McKinsey Quarterly(2000)において、 戦略的収斂(Strategic Convergence) の実証分析を発表した。ドイツの無線通信事業者を対象とした研究では、競合他社がベストプラクティスを模倣して単一の戦略に収斂した結果、1993年から1998年の間に利益率が 50%低下 したことが示された。この知見は、本書が主張する「明確な選択による差別化」の重要性を裏付ける。

ケネディ(2002)は、米国のプライムタイム・テレビ番組編成における 群集行動(Herding Behavior) を実証的に検証し、模倣的な番組導入が差別化された番組導入よりも平均的にパフォーマンスが劣ることを示した。この研究は「他社と異なる選択をすることが競争優位を生む」という本書の核心命題に対する間接的な実証的支持を提供する。

一方、ミンツバーグとウォーターズ(1985)の古典的研究「Of Strategies, Deliberate and Emergent」は、意図的戦略と創発的戦略を連続体の両極として定式化した。この研究枠組みに基づけば、チョイス・カスケードは 意図的戦略の極に位置する フレームワークであり、環境の不確実性が高い状況では創発的要素との統合が不可欠となる。本書がこの論点を十分に扱っていない点は、学術的な限界として認識される必要がある。

ポーター(2008)による五つの力フレームワークの再定式化論文(Harvard Business Review)は、産業構造が戦略的選択を制約する枠組みを提示しており、本書のチョイス・カスケードにおける「どこで戦うか」の選択に 理論的基盤 を提供している。

5. 実践的示唆とケーススタディ

ケース1: P&G オレイ(Olay)の「マスティージュ」戦略

1990年代後半、Oil of Olay は売上8億ドル以下の低迷ブランドであり、「Oil of Old Lady(おばあちゃんのオイル)」と揶揄される存在だった。ラフリーの指揮のもと、ブランド名を「Olay」に刷新し、35歳以上の女性をターゲットに再定義。 マスティージュ(mass-prestige) という新カテゴリを創出し、18.99ドルという戦略的価格設定で、マス市場の流通チャネル(Walgreens、Target)を通じて高級感のある製品を提供した。この戦略的選択の結果、Olay は 年間売上約30億ドル のメガブランドへと成長し、スキンケア市場のリーダーとなった。

ケース2: P&G ジレット買収と10億ドルブランド群の拡大

2005年、ラフリーは P&G 史上最大の 570億ドル でジレットを買収した。この買収は、チョイス・カスケードにおける「どこで戦うか」の選択を体現している。ジレットが保有する5つの10億ドルブランド(Gillette、Oral-B、Braun、Duracell、Mach3)を獲得することで、P&Gの10億ドルブランドは10から23へと拡大した。男性向け製品(ジレット)と女性向け製品(P&G既存ブランド)の補完性が戦略的根拠であり、ラフリーの在任期間中に P&G は売上2倍、利益4倍、 市場価値1,000億ドル以上の増加 を達成した。

ケース3: フォード・モーター「One Ford」戦略

ロジャー・マーティンが戦略アドバイザーを務めた企業の一つであるフォード・モーターは、2006年に 127億ドルの赤字 を計上し、経営危機に直面していた。CEO アラン・ムラーリーは「One Ford」戦略を掲げ、ジャガー、ランドローバー、アストンマーティン、ボルボといった買収ブランドを売却し、フォードとリンカーンの2ブランドに集中する選択を行った。グローバル共通プラットフォームの開発、車種の大幅削減、サプライヤー数の削減といった一連の戦略的選択の結果、2014年には 63億ドルの税引前利益 を達成し、政府救済なしでの再建を成功させた。

6. 結論

『Playing to Win』は、戦略論の膨大な蓄積を 実務家が使える5つの問い に蒸留した点において、卓越した貢献を果たしている。マイケル・ポーターの産業分析フレームワークを「選択のプロセス」へと再構築し、戦略策定を組織の日常的な意思決定行為として民主化した功績は大きい。

同時に、P&G という巨大消費財メーカーでの成功体験に基づくフレームワークであるがゆえに、 スタートアップ、テクノロジー企業、不確実性の高い環境 への適用には慎重な翻案が求められる。ミンツバーグの創発戦略論やクリステンセンの破壊的イノベーション理論と併読することで、本書の示す「意図的な選択」の限界と可能性がより立体的に理解できる。

大企業の新規事業開発においては、チョイス・カスケードの 構造的明快さ が社内コミュニケーションと意思決定の整合性を高める強力なツールとなる。「何をするか」ではなく「何をしないか」を明確にするという本書の最大の教訓は、リソース配分の規律を組織に埋め込む上で、今なお普遍的な価値を持つ。

参考文献

  • Lafley, A.G. & Martin, R.L. (2013). Playing to Win: How Strategy Really Works. Harvard Business Review Press.
  • Porter, M.E. (2008). The Five Competitive Forces That Shape Strategy. Harvard Business Review, 86(1), 79-93.
  • Porter, M.E. (1996). What Is Strategy? Harvard Business Review, 74(6), 61-78.
  • Rumelt, R.P. (2011). Good Strategy Bad Strategy: The Difference and Why It Matters. Crown Business.
  • Christensen, C.M. (1997). The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail. Harvard Business Review Press.
  • Mintzberg, H. & Waters, J.A. (1985). Of Strategies, Deliberate and Emergent. Strategic Management Journal, 6(3), 257-272.
  • Nattermann, P.M. (2000). Best Practice ≠ Best Strategy. The McKinsey Quarterly, Spring 2000.
  • Kennedy, R.E. (2002). Strategy Fads and Competitive Convergence: An Empirical Test for Herd Behavior in Prime-Time Television Programming. The Journal of Industrial Economics, 50(1), 57-84.
  • Barney, J.B. (1991). Firm Resources and Sustained Competitive Advantage. Journal of Management, 17(1), 99-120.
  • Martin, R.L. (2014). The Big Lie of Strategic Planning. Harvard Business Review, 92(1-2), 78-84.
  • Martin, R.L. (2024). Good Strategy/Bad Strategy & Playing to Win. Medium.
  • Martin, R.L. (2022). The Battle for the Soul of Strategy. Medium.
  • Ansoff, H.I. (1991). Critique of Henry Mintzberg’s ‘The Design School’. Strategic Management Journal, 12(6), 449-461.
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