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書籍 未来妄想
パーパス ― 「意義化」する経済とその先

パーパス ― 「意義化」する経済とその先

岩嵜 博論, 佐々木 康裕

「利益」と「社会善」は両立できる。

出版社 NewsPicksパブリッシング
出版年 2021年
カテゴリ 未来妄想
ISBN 978-4910063171

書籍概要

「何を作るか」の前に「なぜやるのか」という問いが、最強のブランディングになり、最強の採用力になる時代です。新規事業という「種」に、いかにして大きな「大義」を宿らせるかのヒントが詰まっています。

イノベーターへの視点

  1. 意義化する経済 物やサービスが飽和した世界で、顧客は「その会社が何を信じているか」で選ぶ。パーパスを、単なる標語ではなく、事業の競争優位性に変換するメカニズム。

  2. パーパス・ドリブンな組織 優秀な若手ほど、社会貢献性のない仕事からは去っていく。パーパスを掲げることが、いかに組織の熱量を高め、優秀な人材を引き寄せる磁石になるか。

  3. 事例から学ぶ「一貫性」 パタゴニアやテスラ、あるいは日本の老舗企業。パーパスを経営の意思決定の中心に置いた時、どのような「非合理に見えて合理的な」打ち手が可能になるか。


徹底分析:『パーパス ― 「意義化」する経済とその先』

要約(Abstract)

本書は、武蔵野美術大学教授の岩嵜博論とTakramディレクターの佐々木康裕が、 「パーパス(企業の社会的存在意義)」を21世紀の経営戦略の中核概念として体系化 した著作である。物質的豊かさが飽和した先進国経済において、消費者は「何を買うか」から「誰から買うか」へと選択基準を移行させている。本書はこの構造変化を「意義化(Meaningfulization)」と名づけ、その経済的・組織的・社会的インパクトを多角的に論じている。

SDGs、ESG投資、気候変動といったマクロトレンドを背景に、 利益追求と社会善の両立が経営上の必然 となりつつある現実を、パタゴニアやテスラ等のグローバル事例と日本企業の実践を通じて実証的に描き出す。2021年の刊行以降、日本におけるパーパス経営の議論を加速させた重要文献であり、 経営学・デザイン思考・ブランド論の交差点に位置する学際的な一冊 といえる。

1. 核心テーゼ(内部構造)

1-1. 「意義化」経済の到来 ― 消費行動の構造的転換

本書の第一のテーゼは、 経済の価値基準が「機能」から「意義」へと不可逆的に移行している という主張である。20世紀型の大量生産・大量消費モデルでは、製品の品質・価格・利便性が競争優位の源泉であった。しかし先進国市場においてはコモディティ化が進行し、機能的差別化の余地は急速に縮小している。

この文脈で岩嵜・佐々木が提示するのが「意義化」概念である。消費者は製品やサービスの背後にある 企業の信念・価値観・社会的姿勢 を購買基準に組み込むようになった。Deloitte(2020)の調査によれば、強いパーパスを持つ企業に対して消費者が信頼・購買・支持する確率は、パーパスの弱い企業の4〜6倍に達する。

この構造変化はZ世代・ミレニアル世代の台頭とも連動している。 デジタルネイティブ世代が消費の主役となる過程で、「意義化」は一過性のトレンドではなく市場の新たなデフォルトとなる 可能性を本書は示唆している。

1-2. パーパスの組織内求心力 ― 人材獲得と従業員エンゲージメント

第二のテーゼは、 パーパスが組織の求心力と人材獲得力を根本的に変える という論点である。本書は、優秀な人材ほど「社会貢献性のない仕事からは去っていく」と指摘し、パーパスが採用・定着・エンゲージメントの三領域で機能するメカニズムを解説する。

EY Beacon InstituteとHarvard Business Review(2015)の共同調査では、経営幹部の 89%が「強い共通目的は従業員満足度を高める」 と回答した。さらにDeloitteの調査では、パーパス駆動型企業は従業員の定着率が40%向上し、イノベーション水準が30%高いとの結果が示されている。

ただし本書が強調するのは、パーパスを「標語」として掲げるだけでは不十分だという点である。 経営層から現場まで一貫した「パーパスの浸透」がなければ、むしろ組織の信頼を毀損する リスクがある。この認識は後述するGartenbergらの実証研究とも整合する。

1-3. 事業戦略としてのパーパス ― 「非合理の合理性」

第三のテーゼは、 パーパスを意思決定の中心に据えることで「非合理に見えて合理的な」戦略的打ち手が可能になる という主張である。パタゴニアの「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」キャンペーンや、テスラの全特許公開は、短期的利益を犠牲にする「非合理」な行動に見える。

しかし本書は、これらの意思決定がパーパスという 長期的な戦略フレームワークの中では極めて合理的 であることを論証する。パタゴニアの場合、自社の環境保護パーパスに基づく「反消費」メッセージが逆説的にブランドロイヤルティを強化し、売上を押し上げた。テスラは特許公開により電気自動車市場全体を拡大させ、自社のプラットフォーム優位性を確立した。

このテーゼの本質は、 パーパスが経営判断の「フィルター」として機能し、短期利益の追求では到達できない戦略的ポジションを構築する という点にある。

2. 批判的分析(外部批評)

2-1. パーパスウォッシュの構造的リスク

本書に対する最も根本的な批判は、 パーパス概念が「パーパスウォッシュ」に容易に転化するリスクを十分に扱っていない という点である。PwC Japan(2023)はパーパスという「流行」の落とし穴として、パーパスを掲げながら実態が伴わない企業が増加している現象を指摘する。

ABeam Consulting の分析によれば、パーパスを策定した日本企業の多くが「理念の現場浸透」という段階で躓いている。 掲げたパーパスと日常業務の意思決定との間に乖離が生じると、従業員の不信感を招き、むしろエンゲージメントが低下する という逆説的な結果が報告されている。

本書はパーパスの「一貫性」を強調するものの、一貫性を維持するための組織的メカニズム(人事評価制度への組み込み、KPI設計、ガバナンス構造の変革等)についての具体的処方箋は限定的である。

2-2. 株主価値との緊張関係 ― Friedman的批判の射程

ミルトン・フリードマンの株主至上主義(shareholder primacy)の立場からは、 パーパス経営は経営者の「善意の押し付け」であり、株主への受託者責任(fiduciary duty)に反する という批判がなされる。Harvard Business Schoolの研究によれば、ステークホルダー資本主義には「道具的」「古典的」「善行的」「構造的」の4類型があり、その実態はコミットメントの深度において大きく異なる。

2019年のBusiness Roundtableで181名のCEOが署名したステークホルダー宣言についても、その後の実証研究では 署名企業が実質的な経営行動を変えたという証拠は乏しい とされている。本書が描くパーパス経営の理想像と、資本市場が要求する四半期ごとの収益性との間には、構造的な緊張が存在する。

2-3. 文化的バイアス ― 日本的文脈の特殊性

本書は欧米の先進事例を多く引用するが、 日本市場におけるパーパス経営の受容には文化的・制度的な固有の障壁がある。ダイヤモンド・オンラインの分析が指摘するように、日本の伝統的大企業(創業100年超の大手製造業等)がパーパスドリブンな経営に転換するには、既存のビジネスモデル自体の変更を迫られるケースも多い。

欧米と比較して日本では環境意識やサステナビリティへの消費者関心が相対的に低いとの指摘もあり、本書が前提とする「意義化」経済の到来が 日本では1〜2世代遅れで進行する可能性 がある。この時間差を考慮した戦略的含意についての議論は、本書においてはやや不足している。

3. 比較分析(ポジショニング)

3-1. Aaron Hurst『The Purpose Economy』(2014)との比較

Aaron Hurstの『The Purpose Economy』は、 経済システム全体がInformation EconomyからPurpose Economyへ移行する というマクロ経済的視座を提供した先駆的著作である。Hurstはパーパスを「インパクト・成長・コミュニティ」の3要素に分解し、個人レベルの働きがいから経済構造の変容までを射程に収めた。

本書との最大の差異は分析の焦点にある。Hurstが経済システム全体の構造変化を論じるのに対し、岩嵜・佐々木は 企業経営とブランド戦略の実務的フレームワーク としてパーパスを位置づける。また本書はデザイン思考の方法論を組み込んでおり、「パーパスの設計」というクリエイティブ・プロセスに重点を置く点で独自性を持つ。

3-2. Colin Mayer『Prosperity』(2018)との比較

オックスフォード大学のColin Mayerは『Prosperity: Better Business Makes the Greater Good』において、 企業の公的目的(public purpose)が株主至上主義によって「漸進的に侵食」されてきた歴史 を批判的に分析した。Mayerは所有構造・ガバナンス・法制度の改革を含む包括的な処方箋を提示し、British Academyの「Future of the Corporation」プロジェクトを主導した。

本書とMayerの著作は、パーパスの重要性という結論では一致する。しかしMayerが 制度設計・法的枠組み・コーポレートガバナンスの構造改革 を主張するのに対し、本書は個々の企業が自律的にパーパスを策定・実践するプロセスに焦点を当てる。両者は補完的であり、Mayerの制度論と本書の実践論を統合することで、より包括的なパーパス経営の理論体系が構築できる。

3-3. Simon Sinek『Start With Why』(2009)との比較

Simon Sinekの「ゴールデンサークル」理論は、 優れたリーダーと組織は「Why(なぜ)」から出発する という命題を提示し、パーパス論の大衆化に大きく貢献した。AppleやMartin Luther King Jr.の事例分析を通じて、「Why → How → What」の順序でコミュニケーションすることの有効性を論じた。

本書はSinekの直感的な枠組みを発展させ、 「Why」を経営戦略・ブランド構築・組織設計の具体的メカニズムに接続 している点で実務的深度が増している。Sinekがリーダーシップとコミュニケーションの文脈でパーパスを論じたのに対し、岩嵜・佐々木はESG投資、サステナビリティ経営、Z世代の価値観変容といった2020年代固有の構造的要因を取り込んでいる。

4. 学術的検証(科学的根拠)

本書の主張を学術的に検証するうえで、以下の実証研究が重要な参照点となる。

Gartenberg, Prat & Serafeim(2019)は、約50万件の従業員調査データを用いて パーパスと財務業績の関係を大規模に実証 した画期的研究である。分析の結果、パーパス単体では財務業績との相関は認められなかった。しかし「パーパス×経営の明確性(clarity)」が高い企業では、 ROA(総資産利益率)が約+4%、年間株式リターンが約+7% という有意な正の効果が確認された。

注目すべきは、この効果が 経営トップや現場作業者ではなく、中間管理職・専門職の認識によって駆動される という発見である。パーパスが業績に結びつくには、中間層が戦略の「翻訳者」として機能する必要がある。この知見は、本書が指摘する「パーパスの浸透」の重要性を実証的に裏付けるものである。

Eccles, Ioannou & Serafeim(2014)は、180社の米国企業を対象とした18年間の縦断研究において、 1993年時点でサステナビリティ政策を自発的に導入した「高サステナビリティ企業」が、そうでない企業に比べて長期的に優れた財務業績を達成した ことを実証した。高サステナビリティ企業は取締役会がサステナビリティに対する責任を負い、役員報酬がサステナビリティ指標に連動する等、組織プロセスにおいても明確な差異が確認された。

EY Beacon InstituteとHarvard Business Review(2015)の共同調査では、 経営幹部の90%が「自社はパーパスの重要性を理解している」と回答した一方、それが戦略・業務上の意思決定に反映されていると答えた割合は46%に留まった。このギャップは「パーパス・パラドックス」とも呼ばれ、理念と実践の乖離が最大の課題であることを示す。パーパスを掲げるだけでは不十分であり、リーダーシップ開発、業績評価指標、オペレーションへの組み込みが不可欠であるとの結論は、本書の主張と共鳴する。

McKinseyの長期経営研究は、5〜7年先を見据えた長期志向の企業が、短期志向の企業と比較して 15年間で収益成長率が47%高い ことを示しており、パーパス経営の時間軸と整合する知見として重要である。

5. 実践的示唆とケーススタディ

事例1: Unilever ― Sustainable Living Planの経済的実証

Unileverは2010年にCEO Paul Polmanのもとで「Sustainable Living Plan(USLP)」を策定し、 パーパスを周辺的CSR施策ではなく成長戦略の中核 に位置づけた。計画は「10億人の健康・衛生改善」「環境負荷の半減」「サプライチェーンにおける生活向上」の3目標を掲げ、全事業活動に統合された。

その成果として、 パーパスに紐づく18のSustainable Living Brandsは通常ブランドの1.5倍の速度で成長し、全社成長の60%を占めた。サステナビリティ施策によるエネルギー・水資源コストの削減は新たな収益源の開拓にもつながり、パーパスと利益の両立を大規模に実証した事例といえる。

事例2: ソニーグループ ― 11万人のパーパス浸透と過去最高益

ソニーグループは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを策定し、多事業・多国籍の 11万人の従業員に対する浸透施策を体系的に展開 した。従業員調査では8割以上がパーパスをポジティブに評価するという高い浸透度を達成している。

財務面では、2022年3月期連結決算で 売上高9兆9,215億円(前期比10.3%増)、営業利益1兆2,023億円(同25.9%増) を記録し、営業利益は初めて1兆円を突破した。パーパスによる組織の一体化がコロナ禍においても予定通りの製品発売・コンテンツ公開を可能にし、2020年度に過去最高収益を達成した点は、パーパス浸透と業績の連動を示す好例である。

事例3: エーザイ ― hhc理念と「柳モデル」による企業価値の可視化

エーザイは「ヒューマンヘルスケア(hhc)」理念のもと、 認知症領域における長期的な研究開発投資を30年以上にわたり継続 した。その成果として、2023年にアルツハイマー病治療薬レカネマブ(レケンビ)の承認を取得し、認知機能低下を遅延させる世界初の治療薬として実用化に成功した。

元CFOの柳良平が開発した 「柳モデル」は、ESG価値(非財務資本)を定量化するフレームワーク として国内外の投資家から高い評価を受けている。パーパスの従業員浸透度を人的資本の指標として可視化し、企業価値との関連を定量的に示したこのモデルは、パーパス経営を「美しい理念」から「測定可能な経営戦略」へと進化させた先駆的な試みである。

6. 結論

『パーパス ― 「意義化」する経済とその先』は、パーパス経営を デザイン思考・ブランド戦略・組織論の三面から統合的に論じた日本語文献として、2020年代のパーパス経営議論における基盤的テキスト である。実証研究が示すように、パーパスが財務業績に結びつくには「経営の明確性」と「中間層への浸透」が不可欠であり、本書が強調する「一貫性」の重要性は学術的にも支持される。

一方で、パーパスウォッシュのリスク、株主価値との構造的緊張、日本市場の文化的特殊性といった課題については、本書の議論をさらに深化させる余地がある。 パーパスを「掲げる」段階から「実装する」段階へ進む際の具体的方法論 が、今後の研究と実践における最重要課題といえる。

新規事業開発の文脈においては、事業の初期設計段階からパーパスを組み込むことが、長期的な競争優位の構築につながることを、Unilever・ソニー・エーザイの事例は実証している。 「なぜやるのか」という問いを出発点とすることで、大企業の新規事業は単なる収益機会ではなく、組織全体の変革を牽引する戦略装置となりうる のである。

参考文献

  1. Gartenberg, C., Prat, A., & Serafeim, G. (2019). Corporate Purpose and Financial Performance. Organization Science, 30(1), 1-18.
  2. Eccles, R. G., Ioannou, I., & Serafeim, G. (2014). The Impact of Corporate Sustainability on Organizational Processes and Performance. Management Science, 60(11), 2835-2857.
  3. EY Beacon Institute & Harvard Business Review Analytic Services. (2015). The Business Case for Purpose.
  4. Mayer, C. (2018). Prosperity: Better Business Makes the Greater Good. Oxford University Press.
  5. Sinek, S. (2009). Start with Why: How Great Leaders Inspire Everyone to Take Action. Portfolio/Penguin.
  6. Hurst, A. (2014). The Purpose Economy: How Your Desire for Impact, Personal Growth and Community Is Changing the World. Elevate Publishing.
  7. Deloitte. (2020). 2020 Global Marketing Trends: Purpose — Strength of Purpose Study.
  8. Deloitte. (2020). The Purpose Premium: Why a Purpose-Driven Strategy Is Good for Business.
  9. McKinsey Global Institute. (2017). Measuring the Economic Impact of Short-Termism. McKinsey & Company.
  10. Fink, L. (2022). Larry Fink’s 2022 Letter to CEOs: The Power of Capitalism. BlackRock.
  11. Henderson, R., & Van den Steen, E. (2015). Why Do Firms Have “Purpose”? The Firm’s Role as a Carrier of Identity and Reputation. American Economic Review, 105(5), 326-330.
  12. Mayer, C. (2021). The Future of the Corporation and the Economics of Purpose. Journal of Management Studies, 58(3), 887-901.
  13. Business Roundtable. (2019). Statement on the Purpose of a Corporation.
  14. 岩嵜博論, 佐々木康裕. (2021).『パーパス ―「意義化」する経済とその先』NewsPicksパブリッシング.
  15. 柳良平. (2021).「ESGと企業価値の実証的関係 ― エーザイにおける統合報告の実践」『企業会計』73(4).
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