課題・背景:ICTが浸透しない日本の学校教育
2014年当時、日本の学校教育における ICT活用率 は先進国の中で際立って低かった。教育のデジタル化は多くの国で進んでいたにもかかわらず、日本の教室では依然として紙のプリントと板書が中心だった。文部科学省は「教育の情報化」を推進していたが、現場レベルでの導入は遅々として進んでいなかった。
その最大の障壁は、学校現場に ICTを導入するための総合的な支援体制 が存在しないことだった。ハードウェア(タブレット端末)の調達、ネットワークインフラの構築、教育コンテンツの提供、教員へのトレーニング――これらを個別に調達するのは、限られた予算と人員の学校にとって大きな負担だった。
取り組みの経緯:2つの巨人が組んだ戦略的JV
この課題を解決するために手を組んだのが、 ソフトバンク と ベネッセホールディングス である。2014年4月、両社の合弁子会社として Classi株式会社 が設立された。
ソフトバンクが持つ 通信ネットワーク技術 と 端末の大量調達力 、ベネッセが持つ 教育コンテンツの開発力 と 全国の学校との販売チャネル 。この2つの異なる強みを組み合わせることで、学校教育の ICT化をソフト・ハードの両面 からワンストップで支援するサービスを実現した。初代社長には山崎昌樹氏が就任している。
サービス・事業の概要:学校のすべてをクラウドに
Classiは、学校で使うタブレット端末にテストや教材を配信する SaaS型のクラウドサービス である。主な機能は多岐にわたる。
ポートフォリオ機能 では生徒の学習成果や活動記録を蓄積し、進路指導や推薦入試に活用できる。 校内グループ機能 は教員と生徒のコミュニケーションを支援し、連絡事項の共有や課題の配信を可能にする。 ウェブテスト は小テストのデジタル配信と自動採点を実現し、教員の業務負担を軽減する。さらに アダプティブラーニング 機能により、生徒一人ひとりの理解度に応じた最適な学習コンテンツを提供する。
顧客単位は「 学校 」である。個人向けのBtoCモデルではなく、学校法人や教育委員会を対象としたBtoBのSaaSモデルを採用することで、一括導入と長期的な利用継続を実現した。
成果と現状
Classiの導入拡大のスピードは目覚ましかった。サービス開始からわずか 4年 で、全国の高等学校 約5,000校 のうち 2,100校超 、約 4割 が導入した。高校向け教育ICTサービスとして圧倒的なシェアを獲得している。
2020年には GIGAスクール構想 の前倒し実施により利用校がさらに急増した。一方で同年、 不正アクセスによる情報漏洩事故 が発生し、セキュリティ体制の強化が急務となった。この事件は、急成長するEdTechプラットフォームが直面するリスクを如実に示すものだった。
その後、ClassiはEDUCOMとの戦略的パートナーシップを締結するなど、小中学校領域への展開も進めている。JVとしての設計の巧みさと、急成長に伴う課題の両方を含む事例である。
この事例から学べること
第一に、JV(ジョイントベンチャー)は「足りないものを補い合う」設計が成否を分ける。 Classiにおけるソフトバンクとベネッセの組み合わせは、「通信×教育」という相互補完の典型例である。どちらか一社だけでは実現できなかったサービスが、JVという形態によって可能になった。
第二に、「学校」を顧客単位とするBtoBモデルは、教育市場における正攻法である。 個人向けの無料アプリでは教育現場の組織的な導入は進まない。学校単位での採用決定プロセスに適合したBtoBのSaaSモデルが、短期間での大規模普及を実現した。
第三に、急成長フェーズにおけるセキュリティ投資は「事後」では遅い。 情報漏洩事故は、教育データという極めてセンシティブな情報を扱うプラットフォームにとって致命的な信頼毀損となりうる。事業のスケールと同時に、セキュリティ体制のスケールも計画に組み込む必要がある。


