課題・背景
子育て世帯において、 読み聞かせは子どもの発達にとって重要な行為 でありながら、忙しい親にとっては毎晩の負担でもあった。仕事から帰宅して食事・入浴を済ませた後、寝かしつけの読み聞かせまでこなすのは体力的にも時間的にも厳しい現実がある。
既存のオーディオブックや読み聞かせアプリは存在していたが、 機械的な音声や知らない人の声は、親の声で聞きたい子どもの気持ちに応えられない という根本的な課題があった。子どもにとって「パパやママの声」で物語を聞くことには、情緒的な安心感という代替不可能な価値がある。
取り組みの経緯
タカラトミーは2020年秋、社長直轄の新規事業部門 「Moonshot事業部」 を設立した。従来の「おもちゃ」の枠を超え、 「遊びを基盤とした新しいソリューション」 を開発するための専門組織である。
Moonshot事業部の開発チームは、「 おもちゃではなくて家電をつくりましょう 」というコンセプトを掲げた。見た目のデザインもスタイリッシュなスマートスピーカーをイメージし、玩具売り場ではなくリビングに自然と溶け込む製品を目指した。AI音声合成の技術パートナーとして 「コエステーション」 (エイベックスと東芝デジタルソリューションズが出資)と連携し、2022年9月に「coemo(コエモ)」を発売した。
「新しい時代に求められるおもちゃとは?タカラトミー『coemo』誕生の舞台裏」
――HIP
サービス概要
coemo(コエモ) は、AI音声合成技術を活用した読み聞かせスピーカーである。専用アプリで親が短い文章を録音すると、 AIが声の特徴を学習し、パパやママそっくりの合成音声 を生成する。この合成音声で童話や物語の読み聞かせを行う仕組みである。
アプリには 約60コンテンツ が無料で搭載されている。日本と世界の童話45作品に加え、睡眠の専門家 「BRAIN SLEEP」 が監修した良質な睡眠へ導く音楽や「ねるまえたいそう」なども収録。プロのナレーターの抑揚や感情表現をベースに、 各物語に合わせた効果音やBGMで臨場感のある読み聞かせ を実現している。
税込12,980円という価格設定で、 スマートスピーカーと同等の価格帯 を意識した値付けがなされている。2023年10月にはマクドナルドのハッピーセット絵本との初コラボレーションも実施した。
成果と現状
coemoは発売後、子育て世帯を中心に注目を集めた。 マクドナルドのハッピーセットとのコラボ は、タカラトミーの既存流通チャネルとは異なるリーチを獲得する施策として機能している。
玩具メーカーが「家電」の領域に踏み出したという点で、 タカラトミーの事業ドメイン拡張の象徴的なプロダクト に位置づけられている。Moonshot事業部という組織設計が、既存のおもちゃ開発のプロセスや評価基準に縛られない意思決定を可能にした。
この事例から学べること
第一に、社長直轄の専門部門が既存事業の慣性を打破する有効な組織設計であるという点である。 Moonshot事業部は既存のおもちゃ開発部門とは別の意思決定ラインを持つことで、「おもちゃではなく家電」というコンセプトを妥協なく追求できた。
第二に、外部技術パートナーとの連携がコア技術の不足を補うという点である。 タカラトミーはAI音声合成の技術を自社で持たないが、コエステーションとの連携により、差別化の源泉となる「親の声の再現」機能を実現した。全てを内製する必要はない。
第三に、既存事業の「文脈」を変えることで新たな市場が見えるという点である。 読み聞かせは従来「絵本」の文脈で語られてきたが、coemoはこれを「スマートスピーカー」「家電」の文脈に置き換えた。同じ機能でも、製品カテゴリの再定義が市場創造につながる好例である。


