課題・背景
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大は、地域経済と放送業界の双方に深刻な打撃を与えた。商店街やイベント会場への来客数は激減し、テレビ局も番組収録の制約やスポンサー収入の減少に直面していた。 「人が集まれない時代に、どうやって地域を盛り上げるか」 という課題は、多くの関係者が共有するものであった。
一方、メタバースへの関心が世界的に高まっていた時期でもある。仮想空間上に街や店舗を再現し、物理的な移動なしに経済活動を行えるという構想は、コロナ禍において 次世代の都市インフラ として注目された。しかし、メタバースを地域活性化に実用化した事例はまだ皆無に近かった。
取り組みの経緯
2021年3月、テレビ東京は 10社の企業 とともに、池袋(東京都豊島区)の街をバーチャル空間に再現するプロジェクト「池袋ミラーワールド」を立ち上げた。池袋や大塚の地元企業、スタートアップ企業が結集し、バーチャルとリアルの双方にコミュニティを形成するという構想であった。
「リアルとバーチャルの相互に新たな文化圏・経済圏を作ることを目指す」
――バーチャル×リアルで池袋の街が生まれ変わる「池袋ミラーワールド」オープン!(テレビ東京, 2021年3月)
毎月「池袋イノベーション」というWEB配信を実施し、参画企業とともにメタバースを活かした地域活性化のアイデアを議論した。学生映画祭や高校生による物産甲子園の開催に向けた話し合い、商店街の復活や医療の未来といった多様なテーマが取り上げられた。
サービス概要
池袋ミラーワールドは、実在する池袋の街並みをバーチャル空間に再現した 地域連動型メタバース である。ユーザーはアバターを操作して仮想の池袋を歩き回り、ショッピングやイベントへの参加が可能であった。
主要なサービスとして、出品型ECモール 「テレ東Xショップ(クロスショップ)」 が設置された。ここでしか買えない限定商品やコンテンツを提供し、メタバース空間ならではの購買体験を目指した。また、テレビ東京の番組と連動したコンテンツや謎解きラリーなどのイベントも定期的に開催され、 テレビ局のコンテンツ制作力 を活かした差別化が図られた。
成果と現状
池袋ミラーワールドは約2年間にわたり運営された。2023年には「池袋文化祭2023」のイベント期間中に丸紅グループの協力でドコモショップが期間限定設置されるなど、 企業との連携 も進んでいた。しかし、2023年4月28日にテレビ東京はサービス終了を発表し、同年 5月31日 をもって全サービスを終了した。
「池袋ミラーワールドのすべてのサービスを5月31日お昼12時に終了する」
――池袋ミラーワールドのサービス終了について(テレ東パス, 2023年4月)
終了の詳細な理由は公表されていないが、同時期に多数のメタバースプラットフォームが登場し、ユーザーの分散が進んだことが一因と推測される。また、コロナ禍の収束に伴いリアルイベントが復活し、メタバースへの社会的な期待感が 急速に冷めた ことも影響したと考えられる。
この事例から学べること
第一に、「時代の追い風」に乗った新規事業は、風が止んだときのリスクも大きい。 池袋ミラーワールドはコロナ禍というメタバースへの関心が最も高い時期に立ち上がった。しかし、社会がリアルに回帰する中で、メタバースの利用動機は急速に薄れた。外部環境の変化に依存しすぎない 「本質的な顧客価値」 の定義が、新規事業の持続性を左右する。
第二に、地域活性化におけるメタバースの限界と可能性を示した事例である。 池袋ミラーワールドは「地域×メタバース」という先進的な組み合わせを試みたが、地域の店舗や住民にとってメタバースが 日常的に使うツール にはなりきれなかった。テクノロジーの新しさだけでは、持続的な利用習慣は生まれない。
第三に、テレビ局の新規事業としてのメタバースは、「放送」という既存事業との相乗効果の設計が鍵であった。 テレビ東京は番組連動コンテンツやタレントの活用など独自の強みを活かしたが、メタバース上の体験がテレビ視聴に還元される仕組みは十分には構築されなかった。新規事業と既存事業の 双方向の価値循環 を設計することが、メディア企業のDXにおける重要な課題である。


