課題・背景
法人向けノベルティ市場は巨大だが、多くのノベルティは 「もらっても嬉しくないもの」 になりがちである。ボールペンやクリアファイルなどの定番品は差別化が難しく、受け取った側の記憶にも残りにくい。企業がノベルティに込めたメッセージが、受け手の心に届かないという根本的な課題があった。
一方、森永製菓は「ハイチュウ」「小枝」「森永ミルクキャラメル」など 国民的知名度を持つ菓子ブランド を多数保有していたが、国内菓子市場は成熟しており、既存のBtoCチャネルだけでは成長に限界があった。
取り組みの経緯
おかしプリントの生みの親は、森永製菓の 渡邊圭太 である。渡邊は2009年に入社し、新領域創造事業部に配属された。「お菓子の力をビジネスコミュニケーションに活かせないか」というアイデアから、2016年に 法人向けオリジナルパッケージお菓子 のサービスを立ち上げた。
起案にあたっては、同社の新規事業創出に携わっていた 金丸美樹 (後にSEE THE SUN代表取締役)のサポートを受けた。金丸は社内のキーパーソンへの橋渡しやビジネスモデル構築のノウハウ提供で渡邊の事業化を支援し、自身も2017年4月に食の社会課題解決を掲げるグループ会社 「SEE THE SUN」 を葉山町に設立した。
「お菓子には人を笑顔にする力がある。その力をビジネスの場でも活かせると確信した」
――森永製菓 お菓子の力で、ビジネスコミュニケーションを促進する「おかしプリント」を思いついたきっかけ(Incubation Inside)
サービス概要
おかしプリントは、森永製菓の人気菓子のパッケージに 企業ロゴやオリジナルデザインを印刷 し、法人向けノベルティとして提供するサービスである。対象商品はハイチュウ、小枝、森永ミルクキャラメルなどの定番菓子に加え、他社のカルパスなども取り扱う。
最大の特徴は 最小50個から注文可能で、最短1週間で納品できる 点にある。これはHP Indigoデジタル印刷機を活用した小ロット生産体制により実現された。従来のノベルティは数千個単位の大量発注が前提であったが、おかしプリントは中小企業のイベントや少人数の会議向けにも対応できる。
活用シーンは企業の採用イベント、展示会、取引先への手土産、社内表彰、周年記念など多岐にわたる。 「お菓子」という身近で好感度の高い素材 をコミュニケーションツールにする発想が、法人顧客に支持されている。
成果と現状
おかしプリントは 約2,800社に利用され、累計出荷数は450万セット を突破した。菓子メーカーの既存ブランドをBtoB用途に転用するという着想は、法人ノベルティ市場において独自のポジションを確立した。
一方、SEE THE SUNは「食卓をつくるすべての人をしあわせにする」をビジョンに掲げ、 ヴィーガンやグルテンフリー対応の食品開発 、消費者参加型のクラウドファンディングサイト「OUR TeRaSu」の運営など、森永製菓の本業の延長線上にありながらも独自の路線を歩んでいる。
この事例から学べること
第一に、既存アセットの「再文脈化」が新規事業の本質であるという点である。 森永製菓のブランド力、製造ライン、流通網は菓子のBtoC販売のために存在していたが、おかしプリントはこれらを「法人向けコミュニケーションツール」という全く異なる文脈で活用した。自社のアセットを「別の顧客の別の課題」に当てはめる視点が重要である。
第二に、「小ロット対応」がBtoB新規事業の参入障壁を下げるという点である。 デジタル印刷技術の活用により最小50個からの注文を可能にしたことで、大企業だけでなく中小企業やスタートアップも顧客に取り込めた。テクノロジーによる生産の柔軟化が、市場の裾野を広げた。
第三に、社内起業同士の相互支援が成功確率を高めるという点である。 渡邊のおかしプリントは、金丸の支援と知見により事業化が加速した。大企業内に複数の新規事業プロジェクトが並走する環境では、起業家同士のナレッジシェアや相互紹介が、外部のメンタリング以上に効果を発揮することがある。


