課題・背景
岐阜県の飛騨地域(高山市・飛騨市・白川村)は、年間450万人以上の観光客が訪れる 国内有数の観光地 である。しかし、人口約9万人の地方圏共通の課題として、 若年層の都市部流出と高齢化 が進行していた。
地域経済の構造的な問題は、消費が 域外の大手チェーンやECサイトに流出 し、地域内で経済が循環しないことであった。地元の中小商店は売上減少に苦しみ、地域の雇用と税収の基盤が揺らいでいた。飛騨信用組合は地域金融機関として、この構造問題を金融の力で解決する方法を模索していた。
取り組みの経緯
飛騨信用組合は「 お金の地産地消 」をコンセプトに掲げ、2017年12月に電子地域通貨「 さるぼぼコイン 」のサービスを開始した。名称は飛騨地方の伝統的な人形「 さるぼぼ 」に由来する。
開発にはフィンテック企業との連携を活用しつつも、運営主体は飛騨信用組合自身が担った。地域住民にとって馴染みの深い 信用組合の窓口やATMでチャージできる 仕組みとし、スマートフォンに不慣れな高齢者でも利用しやすい導線を設計した。
加盟店の開拓では、信用組合の営業職員が 一軒一軒を訪問して説明 するという地道なアプローチを採用。地域金融機関ならではの顔の見える関係性を活かした。
サービス・事業の概要
さるぼぼコインは、飛騨地域限定で利用できる スマートフォンアプリ型の電子地域通貨 である。利用者はアプリ上で残高をチャージし、加盟店に設置された 二次元コードを読み取って決済 する。
チャージ方法は、飛騨信用組合の窓口・専用チャージ機・ セブン銀行ATM ・飛騨信用組合の預金口座からの引き落としの4通りが用意されている。観光客も含めた幅広い利用者がアクセスできる設計である。
さるぼぼコインの最大の特徴は、 換金せず域内で循環させる 設計思想にある。加盟店がコインを受け取っても即座に現金化するのではなく、仕入れや他の加盟店での支払いに使用することで、 地域内での経済循環を促進 する構造が組み込まれている。
行政との連携も進んでおり、飛騨市では 窓口手数料や施設使用料 のさるぼぼコイン決済に対応している。
成果と現状
2024年3月末時点で、ユーザー数は 31,058人 に達し、2市1村の住民の約3人に1人が利用している。加盟店数は 1,964店 、累計決済金額は 約104億円 を突破した。月間の流通額は1億円を超える規模に成長している。
2022年には、飛騨市のさるぼぼコイン活用事例が デジタル田園都市国家構想「Digi田甲子園」の実装部門で準優勝 を受賞。自治体のデジタル活用モデルとして全国的に注目を集めた。
さるぼぼコインは 日本の電子地域通貨の先駆的成功事例 として、全国の自治体や地域金融機関から視察・問い合わせが相次いでいる。
この事例から学べること
第一に、「地域金融機関の信頼性」がフィンテックの普及障壁を突破した事例である。 テクノロジー企業が主導する地域通貨が多くの地域で苦戦する中、さるぼぼコインは飛騨信用組合という「顔の見える金融機関」が主体となったことで高齢者層を含む幅広い住民の信頼を獲得した。イノベーションの担い手が「誰であるか」が普及速度を左右する好例である。
第二に、ネットワーク効果の意図的な設計である。 利用者が増えるほど加盟店にとっての価値が高まり、加盟店が増えるほど利用者にとっての利便性が向上する。この相互強化のループを「一軒一軒の加盟店訪問」という泥臭い初期投資で起動させた。プラットフォームビジネスの「鶏と卵問題」を地域密着の営業力で解決した。
第三に、「行政サービスとの連携」による利用シーン拡張である。 窓口手数料や施設利用料の支払いに対応することで、住民の日常的な利用機会が飛躍的に増加した。民間サービスだけでは限界のある利用頻度を、行政との連携で底上げする戦略は、BtoG市場を持つあらゆる新規事業に応用できる。


