メガバンクの縦割りをどう越えるか
三井住友銀行は国内有数のメガバンクとして、法人・個人合わせて膨大な顧客基盤を持つ。しかし、その巨大さゆえに部署間の情報共有は容易ではなかった。法人営業、リテール、システム、企画といった各部門がそれぞれの業務に集中する一方、部署を越えた知見の交流は限定的であった。
SMBCグループは2010年代後半からデジタル戦略を加速させていた。フィンテック企業との連携やデジタルサービスの拡充を進める中で、 組織内部のコミュニケーション改革 もまた重要な経営課題として認識されるようになった。
大企業におけるイノベーションの阻害要因として最も多く挙げられるのが「部署の壁」である。現場が感じている課題や機会が、適切な意思決定者に届かないまま埋もれてしまうという構造的な問題は、メガバンクに限らず多くの日本企業が抱える課題であった。
2020年10月、行員専用SNSの導入
2020年10月、三井住友銀行は全行員が利用できる 社内SNSプラットフォーム を導入した。従来の社内メールや掲示板とは異なり、部署や役職に関係なく自由に投稿・議論できる場を設けたのである。
「三井住友銀行は行員専用の交流サイト(SNS)から新しいビジネスの芽を育てている」
――三井住友銀行の新規事業創出(日本経済新聞, 2021年)
導入の狙いは、現場の知見を可視化し、部署横断の協業を促進することにあった。銀行という業態では、各支店・各部署が日々顧客と接する中で得る情報量は膨大である。しかし、その知見は個人や部署の中に閉じ込められがちであった。社内SNSはこの 「知の孤立」 を解消するためのインフラとして位置づけられた。
マンション管理の「現金・紙・はんこ」問題
社内SNSが新規事業の起点となった象徴的な事例が、マンション管理業務のデジタル化である。あるマンション管理会社を担当する行員が、SNS上でマンション管理業界のデジタル化の遅れを指摘したことが発端となった。
マンション管理業務は 現金・紙・はんこに大きく依存 した業務プロセスが残る領域であった。管理費の徴収、総会の議決、修繕計画の管理など、多くの業務が紙ベースで行われており、管理会社の業務効率を圧迫していた。高齢化する管理組合の役員にとっても、紙の書類の管理は負担となっていた。
この投稿に対し、法人営業やシステム部門など異なる部署の行員から反応が集まった。「うちの担当先でも同じ課題を聞いている」「フィンテックの知見を活かせるのではないか」といった声が寄せられ、SNS上で自然発生的に議論が深まっていった。
部署横断プロジェクトへの発展
SNS上の議論は経営層の目にも留まり、 正式な部署横断プロジェクト として立ち上がることとなった。マンション管理会社担当の行員を中心に、決済、システム、法務など複数部門のメンバーが集結し、マンション管理業務のデジタル化を支援する新規事業の検討が始まった。
従来の銀行組織であれば、一行員の気づきが経営判断に直接つながることは稀であった。しかし社内SNSという オープンなコミュニケーション基盤 が存在したことで、現場の声が可視化され、共感する仲間が集まり、経営層に届くまでの経路が大幅に短縮されたのである。
この事例は、SMBCグループが推進するデジタル戦略の一環として位置づけられている。外部のスタートアップとの連携だけでなく、 社内からのボトムアップ型イノベーション を促進する仕組みとして、社内SNSが有効に機能することを実証した。
この事例から学べること
三井住友銀行の社内SNS事例は、大企業におけるボトムアップ型イノベーションの実現手法について重要な示唆を含んでいる。
第一に、社内SNSは「部署の壁」を溶かすインフラとして機能するという点である。 メガバンクのような巨大組織では、現場の知見が個人や部署に閉じ込められやすい。部署や役職を越えて自由に投稿・議論できる場を設けることで、従来は出会わなかった知見が結びつき、新規事業の種が生まれた。ツールの導入自体よりも、自由な発言を奨励する文化の醸成が成功の鍵である。
第二に、顧客と日々接する現場の行員こそが最大のイノベーション資源であるという点である。 マンション管理業界のデジタル化の遅れは、経営企画部門のリサーチからではなく、現場の担当行員の気づきから発見された。トップダウンの戦略立案では見落としがちな事業機会を、現場起点で発掘できることがボトムアップ型イノベーションの最大の強みである。
第三に、ボトムアップの声を経営判断に接続する仕組みが不可欠であるという点である。 社内SNSで議論が盛り上がっても、それを拾い上げて正式なプロジェクトに昇格させるプロセスがなければ、アイデアは埋もれてしまう。三井住友銀行の事例では、経営層がSNS上の議論を注視し、有望なテーマを部署横断プロジェクトとして正式に始動させる判断を行った。ボトムアップとトップダウンの接続設計が、大企業のイノベーションには欠かせない。


