課題・背景
日本は世界有数の長寿国でありながら、 生活習慣病の増加や医療費の膨張 が社会課題として深刻化している。「健康でいたい」と考える人は多いが、運動や食事管理を継続できる人は少数派であった。従来のヘルスケアアプリは、記録の手間やモチベーション維持の難しさから、ダウンロード後の離脱率が極めて高いという構造的課題を抱えていた。
NTTドコモにとっても、通信事業の成熟化に伴い 非通信領域での収益源の確保 が経営課題であった。9,000万を超えるdポイントクラブ会員という巨大な顧客基盤を保有しながら、その資産を通信以外の領域でどう活用するかが問われていた。
取り組みの経緯
NTTドコモのヘルスケア事業の起点は2012年に遡る。オムロン ヘルスケアとの合弁で ドコモ・ヘルスケア株式会社 を設立し、健康管理プラットフォーム「WM(わたしムーヴ)」の運営を開始した。しかし、合弁会社として独立運営する体制では、ドコモ本体のアセット(dポイント経済圏、9,000万会員基盤)を十分に活用しきれないという課題が生じていた。
2018年5月、ドコモは 「dヘルスケア」 をローンチした。最大の特徴は「歩くとdポイントが貯まる」という行動変容の設計である。歩数計測、体重・血圧の記録に加え、医師や栄養士が監修したヘルスミッション(食事・運動・休息に関するクイズ形式)をクリアするとdポイントが付与される仕組みとした。
2020年4月にはドコモ・ヘルスケアをドコモ本体に吸収合併し、 ヘルスケア事業の一本化 を完了した。これにより、dポイント経済圏との統合が深化し、事業展開が加速した。
サービス概要
dヘルスケアは、無料版と有料版(月額330円)の2プランで提供される。歩数計測が基本機能であり、毎日の歩数目標を達成するとdポイントの抽選に参加できる。有料版では 先着ポイントやボーナスミッション が追加される。
OMRON connect、Fitbit、Garminなどのウェアラブルデバイスとも連携し、体重・血圧・睡眠データの統合管理が可能である。2024年12月には、ドコモが開発する 推定AIを活用した健康スコアリング・アドバイス機能 が追加された。
さらに、dポイントクラブのアンケート機能を活用した 「ヘルスケアパネル」 では、ユーザーの同意のもとで病状や健康に関するアンケート調査を実施し、匿名化されたデータを医学研究に提供している。製薬企業向けには、治験参加者の募集やオンライン診療による創薬支援も行っている。
成果と現状
dヘルスケアは累計 1,800万ダウンロード を突破し、国内ヘルスケアアプリとして圧倒的なユーザー規模を誇る。AlphaDriveとの連携記事では「900万ダウンロード超、なぜ圧倒的に伸びたのか」が分析されている。
ドコモはヘルスケア事業を 医療DXの3本柱 (健康管理・データ活用・創薬支援)で強化する方針を示しており、70万人超のヘルスケアパネルデータを蓄積している。通信企業が持つ顧客基盤とデータ資産を、ヘルスケアという成長市場で本格的に収益化するモデルとして進化を続けている。
この事例から学べること
第一に、既存の「経済圏」に新サービスを組み込むことの爆発力である。 dヘルスケアの急成長は、dポイントという既に9,000万人が利用する経済圏に「健康」という新しい接点を追加したことで実現した。ゼロからユーザーを獲得する必要がなく、ポイント付与という仕組みで通信契約者を自然にヘルスケアユーザーに転換させた。
第二に、合弁会社の「吸収合併」による事業加速のモデルである。 当初はオムロンとの合弁で慎重にスタートしたが、ドコモ本体のアセットを最大限活用するために本体への統合を選択した。合弁→独立法人→本体統合という段階的な事業成熟プロセスは、大企業のヘルスケア事業参入の一つのパターンを示している。
第三に、ユーザーデータの多面的収益化モデルの可能性である。 dヘルスケアの収益源は有料課金だけではない。匿名化された健康データを製薬企業の研究や治験に提供するBtoBモデルは、ユーザーにとっても社会貢献となり、企業にとっても新たな収益源となるWin-Winの構造を実現している。


