課題・背景:300万社の経営者が「孤独」である現実
日本には約300万社の中小企業が存在する。その経営者の多くは、日常的に深刻な経営判断を一人で下している。同業他社には競合関係があり、取引先・金融機関・顧問税理士には利害関係がある。本音の相談ができる相手が構造的にいない環境の中で、中小企業経営者は「孤独」に置かれている。
大同生命保険は、創業120年を超える老舗生命保険会社として、税理士代理店を通じた中小企業経営者との接点を長年築いてきた。営業担当者が現場で感じていたのも同じ問題意識だった。「知識や経験を持ちながら、それが属人化・分断されていて活かされていない」——中小企業の間でつながりが生まれれば、相互の知恵が社会全体の価値になるはずだという確信が、サービス開発の起点となった。
新型コロナウイルスの流行は、この問題をさらに鮮明にした。対面コミュニケーションの機会が失われ、経営者の孤立は一段と深まった。これが2年間の開発期間を経た2022年3月のリリースを後押しした。
取り組みの経緯:「保険を売らない」という覚悟の事業設計
大同生命が「どうだい?」の設計で最も重視したのは、コミュニティに保険商材を直接組み込まないという方針だ。生命保険会社がコミュニティを運営する場合、自社商品のクロスセルに活用する設計が一般的だ。しかしそれをすれば、経営者は「また保険を売られる場所」として忌避する。
お客さまバリュー開発部・長谷部隆部長はこの方針について「同業他社や利益関係のある相手には本音で相談できない実態がある」と述べている。利益関係を持ち込まないことで初めて、経営者が本音で語り合える場が成立するという逆説的な設計思想だ。
2023年には、営業企画部のサービス開発課を昇格・独立させる形で「お客さまバリュー開発部」を新設した。このタイミングには象徴的な意味がある。サービス開発が単なる施策ではなく、保険事業と並立する独立した事業機能として位置づけられた。
長谷部部長は、1998年の入社以来、営業・地方の税理士代理店組織担当・商品部・企画部を経てこの部門を統括する。現場での中小企業接点と本社機能の両方を経験した人物が組織を率いる体制が、コミュニティ設計の現実性を支えている。
「長年中小企業と向き合ってきた120年超の歴史を持つ老舗保険会社としての『恩返し』である」
サービス・事業の仕組み:匿名・オンラインで経営者をつなぐプラットフォーム
「どうだい?」は「相談する」「学ぶ」「試してみる」の3軸でサービスを構成する。中小企業経営者が匿名でアクセスし、経営課題・人材・資金・業種ごとのテーマに沿って相談・回答を投稿できるコミュニティ機能を中核に置く。
匿名性はプラットフォームの根幹設計だ。本名・社名を出さずに「利益率が低下しているが打ち手が見つからない」「後継者問題に悩んでいる」といった経営課題を率直に問える環境が、同業他社や取引先には相談できない問題を表に出すことを可能にする。
保険商品の直接販売を行わない一方で、関連する無料サービスを複数展開している。健康領域では「KENCO SUPPORT PROGRAM」(健康診断管理・運動支援アプリ)、経営領域では災害時従業員安否確認システム・人材採用・育成支援・IT活用相談などを無料で提供する。コミュニティへの参加価値を保険とは独立した形で提供することで、ユーザーの滞在と継続利用を促す設計だ。
コミュニティはオンライン起点だが、ユーザー主導のオフ会やイベントへの出展なども自発的に生まれており、業種・地域を超えた経営者間の水平的なネットワークが形成されつつある。
成果と現状
リリース直後のユーザー数は伸び悩んだ。1年後(2023年3月時点)で約3万5,000人、2023年8月時点で4万4,000人超、サービス開始から約3年で10万人を達成し、2026年4月時点で12万人超に拡大した。
単なる会員数の増加にとどまらず、ユーザー発案による商品紹介・販路拡大支援など、プラットフォーム上での経済活動も生まれている。業種・地域の壁を越えた経営者間の自発的なコミュニティ活動が定着しつつあることが、数字の背景にある。
大同生命にとっての間接的な効果として、コミュニティへの参加を通じた顧客との長期的な関係深化が挙げられる。保険を売る接点から、経営を支える接点へ——顧客との関係の質を変えることが、長期的な顧客生涯価値に貢献するという仮説が、12万人という規模で検証されつつある段階にある。
この事例から学べること
「売らない」という制約が、逆説的に市場をつくる。 保険会社が保険を売らないコミュニティを運営するという逆説は、経営者が「また売られる」という警戒を解除する。商業的意図を前面に出さないことが、参加者の本音を引き出し、プラットフォームの価値を高める。この逆説は、大企業が既存事業の延長で新市場を開こうとする際の設計原則として汎用性が高い。
「恩返し」という内発的動機が、組織を動かし続ける。 収益モデルが間接的な「どうだい?」の運営は、短期の事業評価指標だけで動かすことが難しい。120年の中小企業接点への「恩返し」という理念が、事業の正当性と担当者の動機を同時に支えている。大企業の新規事業において、財務的KPIだけでなくミッション的な理念が組織の継続力を左右する事例として参照価値が高い。
3年で10万人超えた「伸び悩み期の乗り越え方」に学べる。 リリース直後の横ばいを経て、コミュニティ機能・勉強会・記事コンテンツの充実と、無料付帯サービスの拡張がユーザー定着を生んだ。コミュニティ型サービスは立ち上げ期のコールドスタート問題が最大の壁だが、既存の120年の顧客接点を初期の「種」として活用できたことが大同生命固有の強みとして機能した。