課題・背景
日本における 鳥獣被害額は年間約150億円 にのぼり、農林業者にとって深刻な経営リスクとなっている。シカやイノシシによる農作物の食害、森林の食害は年々拡大しているが、狩猟者の高齢化と減少により、捕獲体制は弱体化の一途をたどっていた。
一方で、近年は狩猟に関心を持つ 都市部の若年層 が増加している。しかし、狩猟を始めるには免許取得後も「猟場の確保」「道具の準備」「地元猟友会との関係構築」など高いハードルがあり、免許を取得しても実際に狩猟を行えていない「ペーパーハンター」が多数存在していた。
取り組みの経緯
小田急電鉄は2018年に、社内新規事業アイデア募集制度 「climbers」 を開始した。climbersは既存の鉄道事業の枠にとらわれず、社会課題の解決を通じて地域の価値を創出することをコンセプトとしている。
ハンターバンクの構想はclimbersを通じて提案された。小田急沿線の終点である小田原エリアでは、箱根に近い山間部で鳥獣被害が深刻化しており、農林業者からの相談が寄せられていた。一方、都心から小田急線で約1時間半というアクセスの良さは、 都市部の狩猟希望者を地方に呼び込む 際の大きなアドバンテージとなる。
コロナ禍による停滞を乗り越え、経営層の意思決定を通過した後、2022年に climbers 1号案件 として正式に事業化。同年6月にサービスを開始した。
サービス概要
ハンターバンク は、鳥獣被害に悩む農林業者と、狩猟に関心を持つ都市部の人々をマッチングするプラットフォームである。
最大の特徴は、 「箱わな」を活用した狩猟方式 の採用である。銃を使わず、檻型の罠に餌を設置して動物を捕獲する方式であるため、初期投資が不要で、狩猟初心者でも安全に参加できる。会員ハンターには箱わなの設置場所(農林業者の土地)が割り当てられ、定期的に見回りと管理を行う。
会員は月額制で参加し、罠の設置・見回り・捕獲という一連の活動を通じて 地域との関係を構築 していく。単なるマッチングにとどまらず、ハンターが地域を訪れることで飲食や宿泊の消費が生まれ、関係人口の創出にもつながる設計となっている。
成果と現状
2022年6月のサービス開始以来、 270名以上の会員 が参加し(2023年12月時点)、東京や群馬、静岡など小田原以外の地域からも訪問者が集まっている。13件の農林業者の土地に箱わなが設置され、実際の鳥獣捕獲実績を積み重ねている。
2023年10月には 2023年度グッドデザイン・ベスト100 に選出され、地域活性化と社会課題解決の両立が高く評価された。2024年10月には全国展開を視野に入れた 「現地運営パートナー」 の募集を開始しており、小田原モデルを各地に横展開する構想が進行中である。
この事例から学べること
第一に、鉄道会社が持つ「沿線」というアセットの再定義である。 鉄道会社のビジネスは駅周辺の不動産や商業施設に集中しがちだが、小田急は沿線の「山間部の獣害」という課題に着目した。乗降客数では測れない沿線地域の価値を発掘し、それを事業化する発想は、鉄道会社の新規事業における新たな方向性を示している。
第二に、「社会課題の両側」をつなぐプラットフォーム設計の秀逸さである。 農林業者は「獣害を減らしたい」、都市部の若者は「狩猟をしたい」。この2つのニーズを直接マッチングさせることで、補助金に頼らない持続可能なビジネスモデルが成立した。社会課題の解決がそのまま収益の源泉となる構造は、ESG時代の新規事業の理想形に近い。
第三に、「参入障壁を下げる」ことで潜在市場を顕在化させたイノベーションである。 箱わなの採用は技術的なイノベーションではないが、「銃がなくても狩猟に参加できる」という体験のイノベーションである。ペーパーハンターという潜在顧客層に着目し、彼らが動き出せる仕組みを設計したことが、市場創出の鍵となった。


