課題・背景:通信料収入の頭打ちと「外部共創」への転換
通信キャリアは数千万人の顧客基盤と巨大インフラを持つ一方、通信料金の値下げ圧力と格安SIMの台頭により、「通信料収入」単独では持続的成長が見込めないという構造的な課題に直面してきた。2010年代初頭、スマートフォンの急速な普及は新たな事業領域の可能性を開いたが、同時に「自社だけで全てのサービスを内製する」従来型の大企業モデルの限界も露わにした。
「新規事業のアイデアは我々にはない。アイデアはすべてスタートアップから求める。我々は彼らを勝たせるためのプラットフォームなのだ」
――中馬和彦(元KDDI事業創造本部)
KDDIはこの構造的課題に対し、「外部のスタートアップとともに新事業を作る」というオープンイノベーションへの全面転換を選択した。この判断の背景には、DDI・KDD・IDOという異なるDNAを持つ3社合併によって培われた、外部の多様性を受け入れる組織文化があるとされる。
取り組みの経緯:KDDI ∞ Labo から7年連続首位へ
2011年、KDDIは国内事業会社として初めてアクセラレータープログラム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」を立ち上げた。当時、大企業がスタートアップを組織的に支援する仕組みは国内でほぼ前例がなく、社内では「本業と関係があるのか」という懐疑的な声も存在した。それでも事業創造本部を中心にプログラムを継続し、2012年にはCVC機能を担うKDDI Open Innovation Fund(KOIF)を設立。資金支援と事業共創の両輪を整えた。
2014年にはKDDI単独の支援体制から、鉄道・不動産・メーカーなど他業種の大手企業を巻き込んだ「パートナー連合」体制へ移行した。この「プラットフォーム化」により、スタートアップはKDDIのアセットだけでなく、多様な業界のリソース・チャネルにアクセスできるようになった。
こうした13年以上にわたる継続的な取り組みが評価され、スタートアップエコシステムに関するカンファレンス「Innovation Leaders Summit」が発表するオープンイノベーション・ランキングにおいて、KDDIは2018年から2024年まで7年連続で首位を獲得した(Innovation Leaders Summit 2024発表情報による)。なお2025年以降のランキング状況については、本稿執筆時点(2026年4月)で公式発表が確認できていない。
サービス・事業の仕組み:三位一体の共創エコシステム
KDDIのオープンイノベーション体制は、以下の三つの仕組みが連動して機能している。
第一に、KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)による事業共創だ。2018年以降は単発の3か月プログラムから、通年でマッチングを行う「事業共創プラットフォーム」へと進化した。2024年度には「MUGENLABO支援プログラム」「MUGENLABO UNIVERSE」「生成AI活用支援プログラム」など複数のプログラムを並走させ、多様なステージ・テーマのスタートアップとの協業を推進している。
第二に、KDDI Open Innovation Fund(KOIF)によるCVC投資だ。国内外150社以上のスタートアップへの累計投資額は400億円超とされる(KDDI統合報告書2023-2024参照)。単なる財務リターンを目的とせず、「将来のKDDIの事業の柱」をシード期から育てることを主眼とした戦略的投資として位置づけられている。現在の正式名称はKDDI Capitalとされる。
第三に、100社超のパートナー企業との連合体だ。KDDIは自社のアセット(通信インフラ・顧客基盤・データ)に加え、異業種大手企業のリソースをスタートアップへの支援として束ねることで、単一企業では提供できない多様なバリューを提供している。
成果と現状:ソラコムが体現した「スイングバイIPO」
KDDIのオープンイノベーション戦略における最大の成果事例の一つが、2017年のソラコム買収と2024年の再上場(スイングバイIPO)だ。IoTプラットフォームのソラコムを約200億円で買収した後、経営の独立性を保ちながらKDDIのアセットのみを選択的に供与した。その結果、買収当初から数年で回線数は600万超に成長し、2024年に大企業子会社としての再上場を実現した。これはM&Aを「Exit」ではなく「成長の起点」として設計した先駆的モデルとして評価される。
ムゲンラボ卒業スタートアップにはGunosy・gifteeなど複数のIPO事例も含まれており、事業化・上場支援における実績は日本の大企業アクセラレーターの中で特筆されるレベルにある。
「KDDIが作った共創装置は、CVCとアクセラレーターの2つのエンジンを連動させることで、投資先の成長を”自社アセットで加速する”仕組みだ」
この事例から学べること
第一に、「ゼロイチはスタートアップ、1→10はKDDI」という役割の明確な分業が、長期的な信頼を築く。 オープンイノベーションが形式化しやすい理由の一つは、大企業側が「自社のアイデアを実現する手段としてスタートアップを使う」という発想に陥るからだ。KDDIは逆に「アイデアはスタートアップが持っている」と割り切り、自社のアセットを開放することに徹した。この姿勢がスタートアップコミュニティからの信頼の源泉だ。
第二に、CVCとアクセラレーターの連動が「投資先の事業化速度」を変える。 投資(KOIF)と事業共創(∞ Labo)を別々に運用するのではなく、投資先スタートアップがムゲンラボのパートナー連合にアクセスできる設計にすることで、資金だけでなく顧客チャネルと実証フィールドを同時に提供できる。これが累計400億円超の投資が単なる財務投資に終わらない理由だ。
第三に、「継続」そのものがブランドになる。 7年連続首位という実績は、単年の取り組みでは到達できない。プログラムの質の高さより、やめないことへの評価が積み重なってランキングに現れるという構造は、オープンイノベーション施策を中長期で設計するための重要な示唆を含んでいる。
関連項目
参考文献・出典
- KDDI 統合報告書(2023-2024)— https://www.kddi.com/corporate/ir/
- KDDIが作った共創装置「KOIFとKDDI ∞ Labo」(MUGENLABO Magazine)
- 中馬和彦「大企業の新規事業は”外で見出し、外で育てる”」(FTS Journal)
- Innovation Leaders Summit 2024 発表資料(公開情報)
- KDDI公式サイト — https://www.kddi.com/