課題・背景:ワイナリー数増加の裏で進む経営難
国産ブドウで造る 日本ワインの輸出は2016年比で3.5倍 に拡大し、国際的な評価も高まっている。一方、 国内のワイナリー数は10年で200以上増加 したものの、その多くが 赤字経営 という構造課題を抱えている。
新興ワイナリーは設立段階で資金・知見・販売チャネルの全てを構築する必要があり、栽培技術や醸造ノウハウの不足、苗木・資材の調達コストの重さ、販売面の弱さなど多重の課題に直面する。中規模・老舗ワイナリーも、世代交代や設備更新の局面で経営の難しさが顕在化している。
日本ワイン市場が次の成長段階に進むには、 個社の努力ではなく業界全体の経営基盤強化 が必要だった。
取り組みの経緯:競合に知見を開放する経営判断
キリンホールディングス傘下のメルシャンは、2022年に 「日本ワイン応援事業」 を開始した。同社は1934年創業の老舗ワイン企業で、 「シャトー・メルシャン」 という長野・山梨・桔梗ヶ原を拠点とする世界水準のプレミアムブランドを運営している。同社の栽培・醸造・販売ノウハウは、業界トップクラスの蓄積を持つ。
通常、酒造業界では自社の醸造ノウハウは競争優位の源泉として開示しない。しかしメルシャンが選んだのは、 その知見を競合となる他のワイナリーに開放する という戦略だった。新興ワイナリー向けに栽培・醸造支援サービスを提供する形で事業がスタートし、その後の段階的な拡大へとつながる。
「日本ワインは輸出が10年で3.5倍に拡大している一方、ワイナリー数は10年で200以上増えたが、多くが赤字経営にある」
――田村隆幸 経営企画部長(日本経済新聞、2026年4月)
2026年4月、応援事業は 対象を中規模・老舗ワイナリーまで拡大 し、苗木選定から販売まで一気通貫で伴走する形に進化した。
サービス・事業の仕組み:一気通貫のコンサル型支援
応援事業の支援内容は、ワイナリー経営の 全工程を伴走するコンサル型 に拡張されている:
- 苗木選定・栽培支援:気候・土壌特性に合った品種選びから栽培技術の指導
- 醸造支援:シャトー・メルシャンの醸造ノウハウを共有
- 共同調達:苗木・資材の共同購入による調達コスト削減(月内開始予定)
- 販売支援:流通チャネルへのアクセス、商品開発の伴走
- ワインツーリズム企画:地域観光と組み合わせた集客企画の立ち上げ
メルシャン社員の派遣を中心とする幅広いコンサルティングが提供される構造で、単発の知見提供ではなく 経営伴走型の長期サービス として設計されている。
成果と現状:2026年売上高3.8倍目標
メルシャンは応援事業の 2026年度売上高を2025年比で3.8倍 に拡大することを目標として掲げている。これは応援事業を単なる社会貢献ではなく、 独立した収益事業として育てる 方針を明確化したものだ。本業のワイン製造に閉じず、コンサル・支援サービスへ事業領域を拡張する流れの中に位置づけられる。
この事例から学べること
第一に、競合に自社知見を開放する戦略は、市場のパイ自体が拡大することで自社にも還元される。 メルシャンが日本ワイン市場全体の品質を底上げすることで、シャトー・メルシャンの主力ブランド価値も連動して上がる。短期的な競合排除より中長期的な市場形成を優先する経営判断は、市場が未成熟な段階の事業戦略として参照可能だ。
第二に、本業隣接のコンサル事業は、製造業の事業多角化の有力なルートになる。 製造業が自社の知見を社外に提供するコンサル・支援事業に展開することは、ストック収益の確保と顧客基盤の拡大の両方をもたらす。応援事業を独立収益事業として育てる構造は、製造業の典型的な事業多角化パターンの実践例である。
第三に、産業全体の課題を自社事業として引き受ける姿勢が、業界内のプレゼンスを上げる。 「赤字ワイナリーを救う」という産業全体の課題に踏み込む企業は、業界からの信頼と協力を得やすい。共同調達や販路共有といった複数社連携の事業は、業界内の信頼基盤がなければ機能しない。 企業の社会的役割と事業性を統合する戦略 として読める。
関連項目
参考文献・出典
- 日本経済新聞「メルシャン、日本ワイン造り支援拡充 苗木選定から販売まで」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2049M0Q6A420C2000000/
- メルシャン公式サイト https://www.mercian.co.jp/