課題・背景
航空業界は世界のCO2排出量の約2〜3%を占めており、 脱炭素化は業界全体の最重要課題 となっている。しかし、航空機のエンジンは電動化が技術的に困難であり、自動車のようなEVシフトは当面見込めない。代替手段として注目されたのが SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料) である。
日本政府は2030年までに国内航空会社の燃料使用量の 10%をSAFに置き換える 目標を掲げたが、国産SAFの製造設備は存在せず、すべてを海外からの輸入に頼る状態であった。原料となる 廃食用油の回収・供給網 も体系化されておらず、サプライチェーン全体の構築が必要であった。
取り組みの経緯
日揮ホールディングスは、石油・ガスプラントのエンジニアリングを主力とする企業である。プラント建設で培った 大規模プロセスエンジニアリングの技術力 を、SAF製造設備の設計・建設に転用できることに着目した。
2020年、日揮HD・全日本空輸(ANA)・日本航空(JAL)・東京都の4者で「 Fry to Fly Project 」を発足させた。「揚げ物(Fry)から飛行(Fly)へ」をスローガンに、家庭や飲食店から排出される 廃食用油を航空燃料に変える 壮大な資源循環プロジェクトである。
2022年には国内初のSAF大規模生産を目的とした製造事業会社「 合同会社SAFFAIRE SKY ENERGY 」を設立。コスモ石油の堺製油所構内に国内唯一となるSAF製造設備の建設に着手した。
サービス・事業の概要
SAFFAIRE SKY ENERGYの事業は、 廃食用油を原料としたSAFの大規模製造と航空会社への供給 である。製造設備は2024年12月に竣工し、年間約 3万キロリットル のSAF供給を目指している。
原料の廃食用油の調達は、Fry to Fly Projectのネットワークを活用する。プロジェクトの参加メンバーは発足時の29から 約200の企業・自治体 にまで拡大しており、京浜急行電鉄の沿線商店街や済生会の医療・福祉施設など、多様な拠点から廃食用油を回収する 全国規模のサプライチェーン を構築している。
SAFFAIRE SKY ENERGYは、国際的な持続可能性認証である ISCC CORSIA認証 を日本のSAF製造事業者として初めて取得した。これにより、製造するSAFの環境価値が国際的に証明されている。
成果と現状
2025年4月から国内外の航空会社への SAF供給が正式に開始 された。同年7月には東京都との連携のもと、 羽田空港発の定期旅客便への供給 が実現した。
さらに、2025年9月には航空自衛隊の ブルーインパルスの展示飛行 にSAFFAIRE SKY ENERGY製の国産SAFが使用されるなど、航空業界を超えた社会的認知の獲得にも成功している。
Fry to Fly Projectは引き続き参加メンバーを拡大しており、 廃食用油の回収量の増加 が製造能力のスケールアップに直結する構造である。日揮HDは将来的な製造設備の増設も視野に入れている。
この事例から学べること
第一に、プラントエンジニアリングという既存技術の「用途転換」による新規事業創出である。 日揮HDは石油・ガスプラントの設計・建設という本業の技術力を、SAF製造設備にそのまま転用した。新しい技術を開発するのではなく、既存の技術が活きる「新しい用途」を見出すアプローチは、製造業・エンジニアリング企業の新規事業戦略として王道である。
第二に、「1社で完結しない事業」をエコシステム型で設計する力である。 SAF製造は、原料調達(廃食用油回収)→ 製造 → 供給 → 使用(航空会社)という長大なバリューチェーンで成り立つ。日揮HDはFry to Fly Projectを通じて約200の参加者を巻き込み、自社単独では構築不可能なサプライチェーンをオープンイノベーションで実現した。
第三に、規制・認証の先行取得を「参入障壁」に転換する戦略である。 ISCC CORSIA認証の取得は、後発の競合にとって大きな参入障壁となる。規制が厳しい産業では、コンプライアンス対応力そのものが競争優位になる。「規制を味方にする」発想は、エネルギー・環境分野の新規事業に不可欠な視座である。


