課題・背景:東海エリアの地域産業が直面する構造的衰退
東海エリアは自動車産業を中心とした製造業の集積地として知られる一方、農業従事者の高齢化による耕作放棄地の増加、地域飲食業の経営難、観光資源の掘り起こし不足といった地域産業の構造的課題を抱える。少子高齢化と人口流出が加速する地方において、既存の産業基盤だけでは地域経済の持続可能性を維持できないという問題意識は、インフラ事業者にとっても他人事ではない。
東邦ガスは東海エリアの家庭・産業向けガス供給を主軸とする。エネルギー供給を通じて地域に深く根ざしてきたインフラ企業として、地域課題の解決が自社の中長期的な事業基盤の維持と直結するという認識が新規事業戦略の起点にある。エネルギー転換の潮流も相まって、ガス事業の周辺領域への事業多角化が経営上の優先課題となっていた。
取り組みの経緯:CVCファンド設立と4領域への集中投資
東邦ガスは2025年2月から「シン・インフラファンドby TOHO GAS」を本格展開した。総額50億円規模のCVCファンドとして立ち上げられ、アグリ・フード、ウェルネス・ウェルビーイング、不動産、観光の4領域を重点テーマとして設定した。単なるキャピタルゲイン目的の投資ではなく、東邦ガスが保有する地域ネットワークや顧客基盤とスタートアップの技術・サービスを掛け合わせる共創型の投資として設計されている。
事業開発を担うのは事業開発部 事業開発第二グループ。担当マネジャーの安藤嘉英氏は、東邦フラワー(特例子会社)の代表取締役を約4年間務めた経歴を持ち、障がい者雇用や社会的事業の現場から新規事業開発に軸を移した異色の経歴が社内の視点多様性として機能している。
サービス・事業の仕組み:農業・養殖・飲食の三本柱
農業分野では名古屋大学発スタートアップの株式会社TOWINGと協創している。TOWINGが開発する「宙炭(そらたん)」は、微生物と炭素を組み合わせた革新的な土壌改善材であり、収穫量の向上と耕作放棄地の復活に効果を持つ。東邦ガスの農業顧客・地域ネットワークとTOWINGの技術を結びつけることで、東海エリアの農業再生を事業として成立させる構造を目指している。
陸上養殖事業では、愛知県知多市でのサーモン養殖を進めている。掛け流し式の陸上養殖システムを採用することで、低コストかつ高品質な水産物生産を実現する取り組みだ。輸入サーモンへの依存度低減と地産地消型の食産業創出という二つの地域課題に同時に対応する。
飲食向けにはサブスクリプションサービス「フラノミスタ」を2020年10月に立ち上げた。月額550円で加盟飲食店での毎日1杯無料サービスを提供するモデルで、地域飲食業の集客支援と顧客のロイヤルティ形成を両立させる。コロナ禍以降の飲食業再生という文脈でも機能した取り組みだ。
この事例から学べること
インフラ企業の「地域密着」は新規事業の差別化資産になる。 ガス・電力・通信などのインフラ事業者は、地域の顧客接点・物流・信用という資産を既に持っている。スタートアップへの単なる資本提供ではなく、この地域資産へのアクセスを「提供価値」として設計することで、金融系VCとの差別化が生まれる。インフラ企業によるCVC設計の参照事例として機能する。
「事業ドメイン × 社会課題」の交点を重点領域に設定することが、選択と集中の根拠になる。 アグリ・フード、ウェルネス、不動産、観光という4領域は、いずれも東邦ガスの既存顧客・インフラと接点を持つ。テーマ設定が「自社の強みが活かせる課題領域」と一致しているため、投資後の協創における自社関与の意義が明確だ。課題起点の投資テーマ設定が、戦略的整合性の高いポートフォリオ構築につながる。
特例子会社や社会事業の経験者を事業開発に登用することで、課題の解像度が上がる。 外部のスタートアップが持つ社会課題への感度と、大企業内部の経験者が持つ組織的現実への理解が交差する布陣は、単なる事業投資を「意味のある共創」に昇華させる推進力となる。人材の多様なキャリアパスが新規事業の質を決定する。
関連項目
参考文献・出典
- ソフトバンク株式会社 ビジネスコンテンツ「TOKAIリーダーズ・コンパス 第10回」(2026年4月)— https://www.softbank.jp/business/content/blog/202604/tokai-leaders-compass-10