課題・背景
がん治療は近年の医学の進歩により飛躍的に改善し、 がんと共に生きる時代 が到来している。小野薬品工業が開発に貢献した免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」はその象徴的な成果である。しかし、治療の進歩とは裏腹に、がん患者が治療中・治療後に直面する 日常生活の課題 (食事、就労、外見の変化、精神的負担など)に対する支援は十分に整備されていなかった。
製薬企業としての小野薬品工業にとっても、 医薬品の開発・販売以外の領域で患者の生活に貢献する手段 を持つことは、企業価値の向上と社会的使命の両面から重要な経営課題であった。
取り組みの経緯
小野薬品工業は2021年10月、社員一人ひとりの挑戦を加速させることを目的として 「Ono Innovation Platform(OIP)」 を開設した。AlphaDriveの制度設計支援を受け、その中核プログラムとして新規事業提案コンテスト 「HOPE」 を立ち上げた。
HOPEの名称には 「私たちのイノベーションへの挑戦が、患者さんやそのご家族の希望(HOPE)へとつながる」 という願いが込められている。応募条件は「小野薬品の企業理念『病気と苦痛に対する人間の闘いのために』に合致していること」の一点のみとし、テーマの自由度を最大限に確保した。
初年度の応募件数は 83件 にのぼり、最終審査を通過した5件のうち 3件が事業化検討テーマ に選定された。2024年には、社内発のアイデアをさらに加速させるため、外部パートナーとの共創プログラム 「HOPE-Acceleration」 を開始した。eiiconが運営するAUBAプラットフォームを活用し、がん患者の生活課題を共に解決するパートナー企業を広く募集している。
サービス概要
HOPEとHOPE-Accelerationは 相互補完的な二層構造 を形成している。
HOPE(社内ビジネスコンテスト) では、全社員が新規事業のアイデアを提案できる。AlphaDriveの研修・学習プログラムとメンタリング伴走支援により、提案の質を高めながらステージゲートを通過させる仕組みである。ゆめみによるデザインリサーチの支援も導入し、 がん患者へのインタビューを通じた深い顧客理解 に基づく事業開発を実践している。
HOPE-Acceleration(オープンイノベーション型共創プログラム) では、小野薬品が設定するテーマ(2025年は「衣食住のサポート」「就労/就学の支援」「意思の尊重」)に対し、外部のスタートアップや事業会社がソリューションを提案する。ビジネスビルドを経た最終審査(DemoDay)を通過した企業と実証検証を進め、事業化を目指す。
成果と現状
HOPE初年度の応募83件、事業化検討テーマ3件という成果は、 製薬企業における社内ビジコンの成功事例 として注目された。HOPE-Acceleration 2024では複数の企業が参加し、DemoDay を経て 2社との実証検証 が進行中である。
2025年1月にはHOPE-Acceleration 2025の募集が開始され、 「がん共生のニュースタンダード」 を共創するテーマがさらに深化している。小野薬品工業は、医薬品の開発・販売という本業の枠を超え、がん患者の生活全般を支えるプラットフォーム企業への進化を模索している。
この事例から学べること
第一に、「企業理念」がイノベーション活動の最強の求心力であるという示唆である。 HOPEの応募条件を企業理念への合致のみとしたことで、社員は「自分の提案が患者さんの希望につながる」という当事者意識を持って参加できた。数値目標や市場規模ではなく、理念を起点にすることで、83件という高い応募数を実現した。
第二に、「社内×社外」の二段構えが新規事業の成功確率を高めるという教訓である。 HOPEで社内のアイデアを発掘・育成し、HOPE-Accelerationで外部パートナーの技術やノウハウを組み合わせる。社内の当事者意識と外部の専門性が交差することで、単独では到達できない事業機会を創出している。
第三に、製薬企業が「Beyond Pill(薬以外の価値提供)」へ進出する際のモデルケースであるという点である。 がん患者の課題は治療だけでは解決しない。食事、就労、精神的サポートまでを視野に入れることで、製薬企業としての事業領域を「創薬」から「がん患者の生活全般の支援」へと拡張する可能性を示している。


