課題・背景
OKI(沖電気工業)は1881年創業の老舗電機メーカーであり、ATMや通信機器を主力事業としてきた。しかし、既存事業の成熟化に伴い、 次世代の収益の柱となる新規事業の創出 が経営課題となっていた。
多くの日本企業と同様に、OKIにも「イノベーションは一部の天才や特別な部署が担うもの」という暗黙の前提があった。新規事業の取り組みは散発的であり、 組織として体系的にイノベーションを生み出す仕組み が欠如していた。属人的な取り組みでは再現性がなく、成功確率を組織的に高めることは困難であった。
取り組みの経緯
OKIは2017年10月、イノベーション・マネジメントシステムの構想に着手した。当時、国際標準化機構(ISO)で ISO 56002 (イノベーション・マネジメントシステムのガイダンス規格)の策定が進んでいたことに着目し、この国際標準の概念をいち早く自社に取り入れる方針を定めた。
2018年4月、 「Yume Pro」 として全社レベルでのIMS運用を開始した。同時に、全社員のイノベーション・リテラシーを底上げするための教育プログラム 「イノベーション塾」 を開講。初年度にOKIグループの1,000名を超える社員が受講した。eiiconとの共同運営による外部との接点も確保し、オープンイノベーションの推進も並行して進めた。
2023年4月には、新規事業の事業化に特化した専門組織 「イノベーション・ビジネス開発センター(IBC)」 を設立。2031年のOKI創業150周年に向けた新規事業の創出と、全社的なイノベーション施策の推進を担う組織として位置づけた。
サービス概要
Yume Proは、OKIが独自に構築した 全員参加型のイノベーション・マネジメントシステム である。イノベーションを「新規事業の創出」「既存事業の革新」「業務プロセスの改善」の3層で定義し、全社員がいずれかの層でイノベーション活動に参加することを求めている。
体系は大きく3つの要素で構成される。第一に イノベーション戦略 である。「イノベーション戦略2025」では「高度遠隔操作」「物流」「ヘルスケア・医療」「CFB」の4つの注力領域を特定し、2031年にそれぞれ数兆円規模の市場に成長すると見込んでいる。
第二に イノベーション・プロセス である。ISO 56002に準拠したステージゲートを設け、アイデアの創出から事業化までを段階的に管理する。第三に イノベーション文化の醸成 であり、イノベーション塾やアイデアコンテストを通じて、全社員のマインドセットを変革する取り組みを継続している。
2024年9月、OKIは 日本の製造業として初めてISO 56002の認証 を取得した。約6年間にわたるYume Proの運用実績が、国際標準としての適合性を認められた形である。
成果と現状
Yume Pro導入以降、イノベーション塾の受講者は累計で数千名に達し、 イノベーションを「自分ごと」として捉える企業文化 の浸透が進んでいる。IBCを中心とした新規事業の創出も加速しており、4つの注力領域での事業化が推進されている。
ISO 56002の認証取得は、Yume Proが属人的な取り組みではなく 再現可能な経営システム として国際的に認められたことを意味する。OKIはこの知見を外部にも提供しており、他企業向けの 「OKIイノベーション塾」 も展開している。
この事例から学べること
第一に、イノベーションを「個人の才能」ではなく「経営システム」として設計することの重要性である。 多くの企業がイノベーションを一部のエースに委ねているが、OKIは全社員が参加できるシステムを構築した。イノベーション塾で全社員のリテラシーを底上げし、ステージゲートで案件を管理し、IBCで事業化を加速する。この三層構造が再現性を担保している。
第二に、国際標準(ISO 56002)の戦略的活用である。 ISO 56002はガイダンス規格であり、認証取得を義務づけるものではない。しかし、OKIはあえて認証取得を目指すことで、イノベーション活動に「外部基準による規律」を導入した。経営層のコミットメントを可視化し、活動の形骸化を防ぐ仕掛けとして機能している。
第三に、「150周年」という長期ビジョンが全社の求心力を生んでいるという点である。 2031年の創業150周年を目標に据えることで、短期的な収益プレッシャーに流されずに新規事業を育てる余地を確保した。長期のビジョンは、イノベーション活動に必要な「忍耐のための大義名分」を組織に提供する。


