課題・背景:紳士服業界の構造的衰退
「洋服の青山」を運営する青山商事は、紳士服専門店チェーンの最大手として 業界トップ の座を維持してきた。しかし2010年代以降、ビジネスカジュアル化の潮流とスーツ需要の構造的な減少に直面していた。さらに2020年のコロナ禍がリモートワークを加速させ、スーツの着用機会そのものが激減するという事態に至る。
紳士服チェーン各社が軒並み業績を落とす中、青山商事は 既存のビジネスモデルの延長 では生き残れないという危機感を強めていた。「スーツの青山」という圧倒的なブランド認知が、逆に事業の可能性を狭めているという皮肉な構造に陥っていたのである。
取り組みの経緯:異業種のプロフェッショナルを招聘
青山商事は2019年、社長直轄の組織として 「リブランディング推進室」 を新設する。この組織が通常の企業変革と一線を画していたのは、室長の下に異業種からのマーケティング専門家を招いた点にある。副室長として着任した 平松葉月 氏は、グラフィックデザイナーからキャリアをスタートし、ラウンドワン、アクア、幸楽苑ホールディングスなど 複数のBtoCビジネス で「古い体質の企業を今の時代にフィットさせ業績を回復させる」ミッションを遂行してきた人物だった。
推進室は 3年間のロードマップ を策定した。1年目は外部コミュニケーションの変革、2年目は商品を企画する手法の変革、3年目は店舗そのものの再設計である。「マーケティングという概念」を社内に根付かせることと、ブランドの再定義を同時に進めるという二重構造の戦略だった。
サービス・事業の概要:話題施策と顧客接点の再構築
リブランディング推進室が最初に仕掛けたのは、SNSを活用した 話題化施策 だった。2020年、ノンアイロンワイシャツを 10円 で販売するキャンペーンをTwitterで展開。このキャンペーンは爆発的な反響を呼び、 SNSフォロワー数が約8倍 に急増した。単なる値引き施策ではなく、購入者の着心地に関するSNS投稿を収集し、それを 店頭POP に転用するという「顧客の声をリアルタイムに売場に反映する」仕組みが設計されていた。
ブランドパーパスも再定義された。「スーツを売る会社」から「 ビジネスのパフォーマンスを上げるパーツを提供する会社 」へ。この方向転換により、ビジネスカジュアルやレディースライン、ケア用品など、スーツ以外の商品カテゴリへの展開に正当性が与えられた。20代から40代の ビジネスパーソン層 をターゲットに、従来の紳士服専門店とは異なるチャネルとメッセージで接点を構築していった。
成果と現状
平松氏は2022年に 執行役員・リブランディング推進室長 に昇格し、マーケティング組織の権限が一段と強化された。10円シャツキャンペーンをはじめとする一連の施策は、SNS上での存在感を飛躍的に高め、若年層との接点を大幅に拡大した。
一方、2023年6月に平松氏は執行役員任期満了により退任している。組織として蓄積されたマーケティングの手法や顧客基盤が、その後のリブランディング戦略にどこまで引き継がれているかは注視すべき点である。青山商事は中期経営計画「Reborn 2023」において、スーツ以外のビジネスウエア領域への拡大を引き続き掲げている。
この事例から学べること
第一に、社長直轄の「出島」組織が、既存事業の慣性を打破する。 リブランディング推進室は既存の営業部門や商品企画部門から独立しており、従来の意思決定プロセスに縛られない施策の実行が可能だった。トップのコミットメントと組織的な独立性の両方が揃って初めて、大企業のブランド再定義は動き出す。
第二に、「異業種人材」の登用が業界の常識を壊す。 紳士服業界の内部にいては見えない課題やアプローチを、異業種でのBtoCマーケティング経験者が持ち込んだ。特に「古い体質の企業を変える」という経験の蓄積は、どの業界のリブランディングにも転用可能な実践知である。
第三に、段階的な変革ロードマップが組織の抵抗を最小化する。 「まず外部コミュニケーション、次に商品企画、最後に店舗」という順序は、社内への影響が小さい領域から着手し、成功体験を積み上げてから本丸に切り込む定石を忠実に踏んでいる。


