課題・背景
日本は超高齢社会を迎え、 65歳以上の高齢者人口は3,600万人を超えている。加齢とともに噛む力や飲み込む力が低下する「嚥下障害」は、多くの高齢者が直面する深刻な課題である。
嚥下機能に問題を抱える高齢者のために、とろみ食やペースト食といった「介護食」が提供されている。しかし、従来の介護食は 見た目が大きく変わってしまう ため、食べる楽しみが損なわれるという問題があった。家族と同じ食卓で同じ料理を楽しめないことは、高齢者のQOL(生活の質)を低下させる大きな要因となっている。
在宅介護の現場では、介護者が家族用の食事とは別に介護食を調理する負担も大きい。 2食分の調理作業 は時間的・精神的に大きな負荷であり、介護者の疲弊を招く一因ともなっている。
なぜこの企業が取り組んだか
パナソニックは2016年に新規事業創出プラットフォーム 「Game Changer Catapult」(GCカタパルト) を立ち上げた。家電メーカーとして培った技術を社会課題の解決に活かす新しい「カデン」を生み出すことを目指すプログラムである。
DeliSofterのアイデアは、 同僚の「家族の介護食づくりが大変だ」という声 がきっかけで生まれた。家族に嚥下障害のある方がいると、毎日の食事準備が大きな負担になる。この当事者の切実な課題を、家電の技術で解決できないかという発想から開発がスタートした。
2017年にはテキサス州オースティンで開催されるイノベーションカンファレンス SXSW 2017 でDeliSofterのコンセプトを初公開。世界的な注目を集め、社外からの反響が事業化への追い風となった。
「介護する人もされる人も、みんなが同じ食卓で同じものを食べられる。それが私たちの目指す世界です」
――DeliSofter - Game Changer Catapult(Panasonic)
サービスの仕組み・差別化
DeliSofterの最大の特徴は、 料理の見た目と味をほぼそのままに保ちながら柔らかくする 点にある。独自開発の 「DaliCutter」 には72枚の隠し刃が搭載されており(特許出願中)、肉や魚の繊維を目に見えないレベルで細かく断ち切る。
さらに、刃が作る微細な切れ目が熱の通り道となり、食材の内部まで均一に加熱される。食材ごとに最適な加熱時間がプログラムされており、 電気圧力鍋の原理 を応用してタンパク質が豊富な肉や魚も効果的に柔らかくする。
従来の介護食では「ミキサーで粉砕する」「長時間煮込む」といった方法が主流であり、見た目が大きく変わることが避けられなかった。DeliSofterは ステーキや焼き魚がそのままの形で柔らかくなる という、従来の介護食の概念を覆すアプローチを実現した。
成長・成果
2019年4月にギフモ株式会社が設立され、Game Changer Catapult発のスタートアップとして事業化が本格的に始動した。代表取締役には森實将氏が就任し、パナソニックからの独立した事業運営体制を構築した。
2022年3月にはパナソニックおよびBeeEdgeを引受先とする第三者割当増資で 約2.5億円の資金調達 を完了。製品の量産体制強化と販路拡大に向けた投資を進めた。
導入先は着実に拡大しており、 高齢者のいる個人家庭から介護施設、障害を持つ子どものいる家庭 まで幅広い。「家族みんなが同じもの、同じ食卓で、いつまでも」というコンセプトが、多様なユーザーの共感を得ている。
「着実に増えている導入実績。調理家電DeliSofterが叶える食のバリアフリー化」
――着実に増えている導入実績(Game Changer Catapult, Panasonic)
展開・進化
ギフモは「ケア家電」という新しいカテゴリの確立を目指している。DeliSofterを起点に、食のバリアフリー化をさらに推進し、嚥下障害だけでなく多様な食の課題に対応する製品ラインナップの拡充を視野に入れている。
パナソニックのGame Changer Catapultから生まれた事業の中でも、DeliSofterはスピンアウトを経て独立事業として成長した代表的な成功事例である。大企業の技術力とスタートアップの機動性を組み合わせた事業モデルとして、社内起業のロールモデルとなっている。
この事例から学べること
第一に、身近な人の「困りごと」が最強の事業アイデアになるという点である。 同僚の家族が介護食づくりに苦労しているという一言が、DeliSofterの出発点となった。市場調査やトレンド分析だけでは見つからない、当事者の切実な課題こそが新規事業の原点である。
第二に、既存技術の「組み合わせ」がイノベーションを生むという点である。 DeliSofterは刃物技術と電気圧力鍋技術の組み合わせであり、それぞれは既存のものである。しかし、「見た目を変えずに柔らかくする」という明確な課題に対して最適な組み合わせを見出したことが、従来の介護食の常識を覆すブレークスルーにつながった。
第三に、ニッチ市場でのスピンアウトが事業成長を加速するという点である。 介護食用調理家電は大手家電メーカーにとっては小さな市場だが、ギフモという独立会社で運営することで、ニッチ市場に集中した迅速な意思決定と顧客対応が可能になった。


