課題・背景:大企業の技術が事業にならない構造的問題
富士通は国内最大規模のIT企業の一つとして年間数百件規模の研究開発を行っているが、社内で生まれた革新的技術の多くが既存事業の枠に収まらず埋もれてきた。海洋デジタルツイン・IoTセンサー・機械学習といった技術は、実証レベルでは成果を出しても「誰が事業化するのか」「どこの事業部が持つのか」という組織的問題に阻まれ、本格的な事業化に至らない事例が繰り返されていた。
加えて、カーボンニュートラルへの対応が企業の経営課題として浮上する中で、富士通が持つ海洋データ計測技術を活かせるブルーカーボン(藻場・海草床・マングローブが吸収するCO2クレジット)領域は、2020年代前半から日本でも制度整備が進み始めた。内部に技術とニーズの接点があるにもかかわらず、それを事業化する推進主体が存在しなかった。
取り組みの経緯:FICが生んだ出向起業の第1号
富士通は2021年11月、グループ全体を対象にした社内新規事業創出プログラム「Fujitsu Innovation Circuit(FIC)」を開始した。プログラムは大きく2つのフェーズで構成される。起業家精神を醸成する「Ignition(イグニション)」フェーズでは、参加者が自社課題や社会課題への問いを立て、事業アイデアの仮説を組み立てる。続く「Challenge(チャレンジ)」フェーズでは、具体的な事業計画を社内審査に提案し、通過した案件がリソースとサポートを受けながら検証を進める。
このFICに参加した社員・魚谷貴秀氏が着目したのが藻場造成事業だった。富士通が保有する海洋デジタルツイン技術と組み合わせることで、藻場造成から生じるブルーカーボンを高精度に計測し、Jブルークレジットとして申請代行するまでをワンストップで提供できるとの仮説を立て、北海道から九州まで全国16か所での実証実験を重ねた。
サービス・事業の仕組み:藻場造成キット+IoT計測のワンストップ
2024年10月に独立設立されたBLUABLE(代表取締役:魚谷貴秀)は、3つのサービスで構成されるビジネスモデルを持つ。第一が藻場造成キットの提供だ。海藻が着生しやすい特殊基質を海へ投下するだけで藻場の形成が可能で、従来工法のように重機を必要としない。設置コストと工期を大幅に圧縮できる点が沿岸漁業関係者や地方自治体からの関心を集めている。
第二がIoT・AIを活用したブルーカーボン計測サービスだ。藻場が実際に吸収したCO2量を定量化するプロセスは従来から調査コストが高く、クレジット化の障壁になっていた。富士通との技術連携のもと、センサーデータとAIモデルを組み合わせた高精度計測を低コストで実現する。第三がJブルークレジット申請代行で、クレジット化の手続きを一括して担う。
成果と現状:外部資金調達完了・PMF検証フェーズへ
設立翌月の2024年11月、BLUABLEは出向起業スピンアウトキャピタル1号投資事業有限責任組合(出向起業専門VC)からシード投資を受けた。これにより、富士通社員としての籍を維持しながら外部資金を持つ出向起業スタートアップとしての体制が整った。
富士通本体は出資関係を超えた海洋デジタルツイン技術の提供というかたちでBLUABLEを支援し続けており、単なる「独立させたら終わり」ではなく技術連携の継続を制度化している点が特徴的だ。BLUABLEは現在、実証実験16か所で得たデータをもとにPMF(Product Market Fit)の検証を進めており、藻場造成キットの量産体制の設計と、クレジット申請代行の受注拡大を並行して推進している。
「FICで進めてきた研究・開発や事業内容に対して、出向起業スピンアウトキャピタル1号から関心が寄せられ、2024年11月に外部資金調達を実施した」
――富士通プレスリリース(2024年12月3日)
この事例から学べること
BLUABLEの事例が示す第一の教訓は、プログラムに「出口」を設計することの有効性だ。FICがIdeation→PoC→出向起業という出口を明示したことで、起業意思を持つ社員が安心してアイデアを育てられる土壌が生まれた。「育てて終わり」ではなく独立を選択肢に入れた設計が、最初の成果を引き出した。
第二の教訓は、出向起業スキームが「エース人材の流出防止」と「起業家の誕生」を両立させる点だ。一般的なカーブアウトでは社員が退職して起業するが、出向起業では在籍を維持したまま外部資金調達ができる。優秀な社員を失わず、かつ既存組織では動けないスピードで事業化できる。
第三の教訓は、大企業の技術資産を「顧客」として切り出す手法の有効性だ。BLUABLEは富士通の技術を親会社の事業部門として使うのではなく、外部スタートアップとして「技術ライセンス+連携」という形で再利用した。これは大企業の技術が社内で眠り続ける問題への一つの回答になっている。