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事業事例

日立、オープンイノベーションでAI創薬を後押し 秘匿情報管理技術を活用

株式会社日立製作所
製薬・ヘルスケア / 電機・AI #AI創薬 #オープンイノベーション #秘匿情報管理 #製薬 #ヘルスケア
事業・会社概要
事業会社
株式会社日立製作所
業界
製薬・ヘルスケア / 電機・AI
開始年
2026年

History & Evolution

2026年3月

PoC(概念実証)完了

日立とMOLCUREが共同で、秘匿情報管理技術を用いたOI創薬基盤のPoC(概念実証)を実施。学習データとAIモデルを互いに秘匿したまま、安全に学習・推論が可能であることを確認した。

2026年4月16日

プレスリリース公表

日立とMOLCUREが「OI創薬基盤サービス」の共同開発を公表。AI創薬市場の急成長を背景に、複数ステークホルダーがセキュアにデータとAIを活用できる環境の提供を目指すと発表。

2026年度

OI創薬基盤サービス 提供開始予定

抗体領域を皮切りにサービスを開始。将来的には核酸・ペプチドなど多様なモダリティへ拡大する方針。

課題・背景:創薬データは秘密のまま共有できない

医薬品開発は 研究開発費の高騰、成功確率の低下、開発期間の長期化 という三重の課題を抱える。こうした状況を打破する手段として、AI創薬が急速に注目を集めている。グローバルのAI創薬市場は2022年の18億米ドルから2031年には193億5,000万米ドルへ、年平均成長率(CAGR)30.2% で拡大すると予測されている。

しかし、AI創薬の推進には根本的な矛盾がある。AIの学習精度を高めるためには大量の高品質なデータが必要だが、製薬企業にとって研究データは最重要の競争資産であり、外部への開示が難しい。AI創薬スタートアップ側もAIモデルの構造・パラメータを開示したくないという事情があり、相互不開示のジレンマが生じる。

従来の匿名化・仮名化処理はこの問題を部分的にしか解決しない。マスキングを強めれば個人情報や企業秘密の保護度は上がるが、AIの学習精度は低下するというトレードオフが常に存在する。オープンイノベーションの掛け声とは裏腹に、製薬とAI創薬企業の間のデータ連携は進みにくい状況が続いていた。

取り組みの経緯:MOLCUREとの共同開発体制

日立製作所は、AI創薬スタートアップの 株式会社MOLCURE(本社:神奈川県川崎市幸区、設立:2013年5月) と連携し、「OI創薬基盤サービス」の開発に着手した。MOLCUREは抗体・ペプチドの創薬において大規模言語モデル・物理ベースシミュレーション・自社バイオラボ(山形県鶴岡市)を組み合わせたAI創薬プラットフォームを展開し、2026年4月1日時点で 累計19社・28件の提携プロジェクト の実績を持つ。

共同開発の核心は、日立が保有する秘匿情報管理技術をAI創薬のワークフローに組み込むことにある。日立はこれまで公共・ヘルスケア分野で「匿名バンク」(登録商標)を提供してきた。匿名バンクは機密情報を乱数化・仮名化した状態で扱えるクラウド基盤であり、同分野での幅広い活用実績を持つ。

2026年3月までに両社はPoC(概念実証)を実施し、学習データとAIモデルを互いに秘匿したまま安全に学習・推論が可能であることを確認した。このPoCの成果を踏まえ、2026年4月16日にサービス開発の計画を公表した。

サービス・事業の仕組み:暗号化のまま動くAI

OI創薬基盤サービスの技術的核心は、「検索可能暗号化技術」と「TEE(Trusted Execution Environment)」の組み合わせにある。

検索可能暗号化技術は、データベースを乱数化した暗号化状態のままで検索・処理を可能にする。一方のTEEは、プロセッサ内にハードウェアレベルで隔離された安全な実行環境を設けるアーキテクチャで、外部からの覗き見や改ざんを物理的に防ぐ。この2技術を組み合わせることで、製薬企業は自社の研究データを暗号化したまま提供でき、MOLCURE等のAI事業者はモデルを開示せずに推論を実行できる

技術ニーズとシーズの機密性を保持したままマッチングする機能も予定している。将来的には、複数の製薬企業・アカデミア・自治体が参加するコンソーシアム「HMAX Industry」 のバイオ医薬分野展開を支援するサービスとしての位置づけも示されている。初期段階では抗体領域からスタートし、順次核酸・ペプチドなど多様なモダリティへ対応を広げる計画だ。

成果と現状:PoC成功から商用化へ

2026年3月完了のPoCでは、秘匿情報管理技術を組み込んだ基盤上でAIの学習・推論が実際に動作することが確認された。サービス提供の開始は2026年度を目標としており、本稿執筆時点(2026年4月)では商用サービスの前段階にあたる。

本サービスは日立の経営戦略「Inspire 2027」が掲げるLumada 3.0の一翼を担う。Lumada 3.0はドメインナレッジと先進AIを組み合わせた次世代ソリューション群「HMAX Industry」として体系化されており、OI創薬基盤サービスはそのバイオ医薬分野への展開として位置づけられている。日立が積み上げてきた秘匿情報管理の技術資産を、AI創薬という急成長市場に横展開するかたちだ。

この事例から学べること

「秘匿性を保ったままコラボレーションできる」技術が、オープンイノベーションの次の壁を突破する。 知財や機密データの保護がオープンイノベーションの最大の障壁であり続けてきた事実は、業界を問わない。検索可能暗号化やTEEのような秘匿計算技術は、従来の「開示するか・しないか」という二択を「開示せずに協業する」という第三の選択肢に変える。競合他社や異業種とのデータ連携が難しい業界では、同様のアプローチが有効になりうる。

大企業が既存の技術資産を新市場に横展開するパターンの典型例でもある。 日立の「匿名バンク」は公共・ヘルスケア向けに開発・運用されてきた技術基盤だ。同じ技術をAI創薬という隣接領域に応用することで、スクラッチからの開発コストをかけずに新市場に参入できる。技術の応用範囲を「現在の用途」だけで評価せず、横断的なユースケースを探索することの重要性を示している。

経営戦略と個別事業の整合が、大企業の新規事業開発に推進力をもたらす。 この取り組みは「Lumada 3.0」「HMAX Industry」「Inspire 2027」という日立の公式戦略フレームに明示的に組み込まれている。大企業内の新規事業が停滞する要因のひとつは、経営層の優先課題との接続が弱いことだ。戦略文書に事業を「位置づける」ことで、予算・人員・意思決定速度に正当性が生まれる。

関連項目

参考文献・出典

成功の鍵

1

暗号化技術によるデータ共有の壁の解消

検索可能暗号化技術とTEEの組み合わせにより、データを開示せずにAI学習・推論が可能になる。従来の匿名化が抱えていた「マスキングを強めるほど精度が落ちる」ジレンマを技術的に回避した。

2

既存サービス「匿名バンク」の応用展開

日立が公共・ヘルスケア分野で実績を積んできた「匿名バンク」のノウハウを、AI創薬という新領域に転用。実績ある技術基盤の横展開がスピードと信頼性を担保している。

3

Lumada 3.0のドメイン展開戦略との整合

本サービスはHMAX Industryのバイオ医薬分野展開として位置づけられており、日立の経営戦略「Inspire 2027」と一体化した事業開発となっている。

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