「儲からない」と言われたコンシューマーPC事業
2010年代初頭、日本のコンシューマーPC市場は「頭打ちで、儲からないビジネス」と言われていた。スマートフォンとタブレットの普及により、個人向けPCの出荷台数は減少傾向にあり、価格競争の激化で利益率も低下の一途をたどっていた。
レノボ・ジャパンは2011年にNECとPC事業の合弁会社を設立し、国内市場での存在感を高めつつあったものの、コンシューマー事業の業績は足踏み状態にあった。法人向けのThinkPadシリーズが堅調である一方、個人向け市場での成長戦略が明確になっていなかったのである。
留目真伸による事業再建
2013年4月、留目真伸がレノボ・NEC両ブランドのコンシューマー事業統括に就任した。留目はトーメン(総合商社)、モニターグループ(戦略コンサルティング)、デル、ファーストリテイリングを経てレノボに入社した、多彩な業界経験を持つ経営者である。
「コンシューマーPCは儲からないと言われていたが、研究開発から商品企画、調達・製造、物流、マーケティング、営業、サービスと一気通貫したビジネスの流れを改めて俯瞰すると、改善の余地が見えてきた」
――レノボ・ジャパン 代表取締役社長 留目真伸氏インタビュー(キャリアインキュベーション)
留目が取り組んだのは、バリューチェーン全体を通じた課題の特定と改善であった。個別の施策ではなく、 ビジネスの流れ全体を俯瞰 して最適解を見出すアプローチが功を奏し、コンシューマーPC販売シェアは 26〜27%から40% にまで上昇した。
二大ブランド戦略とゲーミング市場への参入
レノボ・ジャパンの競争力の核心は、NECとレノボという 二大ブランドの使い分け にある。日本市場で長年の信頼を持つNECブランドは、安心・安全を重視する個人ユーザーに訴求し、レノボブランドはコストパフォーマンスとグローバルな技術力を武器に展開された。
2018年12月には、ゲーミングPC市場に 「Legion」 ブランドで本格参入した。ゲーマーをHigh Rollers、Competitive、Immersed、Aspirationalの4セグメントに分類し、各層に最適な製品ラインナップを展開。2020年にはLegionが 国内ゲーミングPC市場でトップシェア を獲得するに至った。
さらに、2019年後半からは 「Japan Made & Support」 というメッセージを掲げ、設計・生産・サポートを日本国内で完結させる体制を訴求した。外資系メーカーに対する消費者の不安を払拭し、日本メーカーと同等の信頼性を獲得する戦略が奏功した。
国内PCシェアトップの達成とその後
2020年、レノボ・ジャパンは国内PC市場でシェア 16.5% を達成し、2005年の日本市場参入以来初めてトップシェアを獲得した。GIGAスクール構想やテレワークの普及といった追い風もあったが、それ以前から積み上げてきたブランド戦略と事業再建の成果が実を結んだ形である。
留目は2019年にレノボを退任し、SUNDRED株式会社のCEOとして新産業共創の道へ進んだ。レノボ・ジャパンはその後も成長を続け、2024年には富士通のPC事業を統合し、国内シェアの更なる拡大を実現している。
この事例から学べること
第一に、「儲からない」と言われた事業こそ、バリューチェーン全体の見直しで利益を生み出せる可能性があるということだ。 留目のアプローチは、個別の施策ではなく、研究開発からアフターサービスまでの全工程を俯瞰して課題を特定するものであった。新規事業の創出だけでなく、既存事業の再定義も大企業にとっては重要なイノベーションである。
第二に、複数ブランドの戦略的な使い分けが市場シェア拡大の有力な手段であるということだ。 NECとレノボという異なるブランドパーソナリティを持つ二大ブランドを、セグメント別に最適配置することで、単一ブランドでは到達できない市場カバレッジを実現した。M&A後のブランド統合か共存かという判断は、市場特性に応じた戦略的選択が求められる。
第三に、外資系企業が日本市場で成功するために「日本品質」の実現が不可欠であるということだ。 「Japan Made & Support」は単なるマーケティングメッセージではなく、設計・製造・サポートの体制を実際に日本国内に構築した上での訴求であった。グローバル企業のローカライゼーション戦略として、ハードウェアとサービスの両面で信頼を獲得する重要性を示している。


