課題・背景:日本の食料自給率と気候変動リスクが投資家の眼を向かわせた
日本の食料自給率(カロリーベース)は38%前後で推移し、主要先進国の中で最低水準にある。加えて、気候変動に起因する異常気象が国内外の農業生産を直撃し、サプライチェーンの脆弱性が露わになってきた。こうした構造的リスクに対応する手段として、天候に依存しない完全制御型の植物工場(垂直農業) への関心が機関投資家・事業会社の間で急速に高まっている。
Oishii Farm Corporationは2016年に日本人起業家・古賀大貴氏が米国で創業した垂直農業スタートアップである。独自の人工知能・センシング技術と日本品種イチゴの栽培技術を組み合わせ、米国市場で高単価プレミアム苺を量産・販売することに成功した数少ない事業者の一つだ。農業分野での技術的成熟と商業実績が、今回の大型ラウンドの基盤となった。
取り組みの経緯:なぜ不動産・製造業が同一ラウンドに参加したのか
2026年5月13日に発表されたシリーズCファーストクローズの特徴は、リアルアセット系・製造業系の事業会社が一堂に会した投資家構成にある。リード投資家はスパークス・アセット・マネジメント。新規参加投資家として野村不動産・ミスミグループ本社・朝日工業社が加わり、既存投資家の脱炭素化支援機構(追加出資)・みずほ銀行(融資含む)が継続参加した。
野村不動産は物流施設開発で蓄積した大型施設の設計・建設・管理ノウハウを植物工場インフラに転用する狙いで参加した。ミスミグループ本社は製造業向け機械部品・自動化機器のサプライチェーンを持ち、植物工場の自動化設備調達コスト削減に直接貢献できるポジションにある。荏原製作所(既存出資者)の水処理・流体制御技術と合わせると、設備・インフラの重要サプライヤーが株主として揃う構造になっている。
サービス・事業の仕組み:閉鎖環境×AIで実現する完全制御農業
Oishii Farmの植物工場は、温度・湿度・CO2濃度・照度・養液をAIでリアルタイム制御する完全閉鎖型環境で稼働する。露地農業や温室農業と異なり、天候・季節・地域に依存せず年間を通じて均一品質の作物を量産できる。農薬不使用・少水使用(露地比最大95%削減)という特性が、食品安全性重視の米国プレミアム市場に適合した。
現時点でイチゴ(品種:おとめ心等の日本品種)の商業生産が主力だが、今回調達資金の用途には東京都内へのオープンイノベーションセンター開設が含まれる。この拠点は大企業パートナーとの共同研究・新品種開発・サプライチェーン実験の場として機能する予定であり、単なる生産拠点を超えた知識共創の場として設計されている。
成果と現状:累計525億円が示す国内最大クラスの調達実績
2026年5月時点の累計調達額は約525億円(3.5億ドル超)に達した。シリーズBで約190億円、シリーズCファーストクローズで約240億円を追加したことになり、垂直農業・植物工場領域における国内スタートアップとしては突出した資金規模である。
調達規模の拡大は設備投資能力を直接意味する。植物工場は初期投資が極めて大きい装置産業であり、競合他社との格差は資本力に比例しやすい。今回の大型ラウンドは財務基盤を強化するとともに、野村不動産・ミスミ・荏原という大企業を株主に迎えることでサプライチェーンコストの削減と商業スケール化の加速を同時に狙う設計となっている。
この事例から学べること
不動産・製造・金融が「株主」として参加する構造が、単なる出資関係を超えた事業シナジーを生む。 通常のVC投資と異なり、設備・インフラ・サプライチェーンの直接提供者が株主に並ぶことで、調達した資本が即座に事業コスト削減に転換される。
食料安全保障とカーボンニュートラルを同時に訴求するESG設計が、機関投資家・事業会社の両方を引き付ける。 単一の社会課題解決ではなく、複数のESGテーマを一つの事業で体現することが、多様な投資家層の参加を促す。
大企業の「オープンイノベーションセンター参加」という形式は、出資に加えて継続的な共同開発関係を担保する仕組みである。 資本提供だけでなく拠点共用・知識共有・共同研究というコミットメントを付加することで、出資後の関係希薄化を防ぐ設計上の工夫といえる。
関連項目
- バーティカルファーミング(垂直農業)
- シリーズCとは
- 野村不動産×Oishii Farm 資本業務提携
- 不動産×製造×農業 クロスインダストリー型植物工場オープンイノベーション
- 荏原製作所
- オープンイノベーション