課題・背景:デジタル広告専業の限界と新規事業の必要性
新規事業コンサル歴18年以上の実務者の観察によれば、大手デジタルマーケティング企業が「内製ケイパビリティの外部事業化」に取り組む際、最も多いつまずきは「自社技術の市場性を過大評価し、顧客課題とのズレが後から判明するケース」だという。セプテーニのHRテクノロジー路線は、この落とし穴を自社の人事課題解決という実証フェーズを経て避けた点に特徴がある。
セプテーニ・ホールディングスは1990年の設立以来、人材採用コンサルティング、DM発送代行、2000年代のインターネット広告参入という変遷を経て、デジタルマーケティングの専業企業へと成長した。だが、デジタル広告市場の成熟化と大手プラットフォーマーによる寡占進行が重なり、純粋な広告代理業モデルの利益率は構造的な低下圧力にさらされ続けてきた。
2010年代に入ると、広告運用で培ったデータ活用・人材マネジメントのノウハウを新たな収益源へ転換する必要性が高まった。一方で、デジタルネイティブ企業として蓄積した組織・人材マネジメント手法が、他社の人事部門が求める外部ソリューションとして市場価値を持つという認識が社内で芽生えてきた。CVC機能の立ち上げと内製技術の外部事業化——この二本立てのアプローチが始まったのはそうした文脈の中だ。
取り組みの経緯:CVC設立から電通グループ入りまでの事業変遷
2011年10月、セプテーニ・ホールディングスは100%子会社としてセプテーニ・ベンチャーズを設立した。同社は新規事業の開発・インキュベーション支援および外部スタートアップへの出資を担うCVC機能を持ち、代表者を松田忠洋として東京都新宿区に拠点を置いた(スタートアップデータベース「initial」による)。スタートアップへの資本参加を通じてグループ外の事業機会を取り込む体制を整え、デジタルマーケティング領域に隣接する新規事業の探索を進めた。
電通との関係は段階的に深化した。2019年3月に電通が筆頭株主(議決権割合20.99%)となる資本業務提携を締結し(電通グループ公式リリースより)、2021年初頭には第三者割当増資によって電通グループが親会社となった。この電通グループ傘下への移行は、セプテーニにとってオンライン広告とオフライン広告を統合した包括的マーケティング提案を可能にする転機だった。
「電通グループとの提携深化により、国内事業のデジタルマーケティング分野を強化する」
―― 電通グループ公式リリース https://www.group.dentsu.com/jp/news/release/000591.html
サービス・事業の仕組み:3セグメントと新規事業領域
セプテーニ・ホールディングスの事業は現在、マーケティング・コミュニケーション事業、ダイレクトビジネス事業、データ・ソリューション事業の3セグメントで構成される(同社IR情報より)。
マーケティング・コミュニケーション事業はデジタル広告の販売・運用を中核に、データとAIを活用したソリューション提供を組み合わせる。電通グループとの連携でオンライン・オフライン統合のマーケティング支援も可能になった。ダイレクトビジネス事業は消費者との直接接点を活かしたEC支援や会員向けサービス運営を担う。
新規事業の主軸として注目されるのがHRテクノロジー領域だ。セプテーニグループは自社の人材マネジメント課題を解決するために、デジタルHR技術を独自開発してきた経緯を持つ。その成果は外部評価としても現れており、「HRテクノロジー大賞 人事マネジメント部門優秀賞」を2025年の第10回で受賞(同社プレスリリース、2025年)した。中期経営計画(2026〜2028年)では、HRテクノロジー領域の事業化を明示的な目標として掲げており(同社IR中期経営計画より)、内部技術の外販化を新収益源として育成する戦略を継続している。
インキュベーション機能はグループ会社のセプテーニ・インキュベートが担う。外部VCを審査員に招いた新規事業プランコンテストを毎年実施し、客観的な評価基準を持ち込んでいる。入賞者は希望に応じて実際の事業立ち上げに進む(同社プレスリリース情報による)。web3を含む先端技術領域への探索も同社が担当する。
成果と現状:ベンチャーズ吸収合併とHRテック事業化
2025年、セプテーニ株式会社がセプテーニ・ベンチャーズを吸収合併し、セプテーニ・ベンチャーズは解散した(官報公告・公表情報による)。この統合は、CVC機能とインキュベーション機能の一元化による組織効率化を意図したものと見られる。14年間の独立したCVC運営を経て、投資・インキュベーション機能をセプテーニ・インキュベートに集約する体制への移行となった。
電通グループ傘下での事業展開については、公式IRによれば統合マーケティング支援の案件規模拡大や電通グループとのシナジー創出が進んでいる。HRテクノロジー領域の事業化については、中期経営計画期間(2026〜2028年)における進捗を引き続き開示する方針だ。投資先の個別企業名や具体的なファンド規模については、2026年5月時点で公表情報が限られているため、本稿ではIR・公開報道に確認できる範囲のみを記載した。
この事例から学べること
セプテーニの軌跡が示す最初の学びは、「内製ケイパビリティの事業化」という新規事業モデルの有効性だ。自社のHR課題を解決する過程で積み上げた技術と実績を外部市場へ展開する手法は、既存の事業インフラを最大活用した低リスクの新規参入といえる。「外から持ち込む」より「内から育てる」——セプテーニはそのアプローチを実績として積んだ。
電通グループとの段階的な資本関係深化のプロセスも参照価値が高い。業務提携から株式取得、さらに親会社化という段階を経ることで、組織・文化的摩擦を軽減しながら統合シナジーを引き出している。単純な買収・被買収ではなく「段階的な資本関係の深化」は、大企業とデジタルベンチャーの提携モデルとして汎用性がある。
CVC機能の独立法人化とその後の統合という変遷も、組織設計の観点から重要だ。意思決定の機動性を確保するために14年間独立法人として分離し、成熟期に本体へ統合する——この「分離→統合」のライフサイクルは、新規事業開発における組織設計の参照軸になる。