課題・背景
「健康経営」は企業の経営課題として定着しつつあったが、 多くの企業は「何から始めればよいかわからない」状態にあった 。健康診断の実施や産業医の配置といった法定対応は行っていても、従業員の日常的な健康行動を促す仕組みを持つ企業は少なかった。
既存の健康経営支援サービスは導入コストが高く、 中小企業には手が届きにくい という構造的な課題があった。また、健康アプリは個人向けが主流であり、企業単位で従業員の健康意識を可視化・管理できるプラットフォームは限られていた。
取り組みの経緯
サントリーは2018年に 「100年ライフプロジェクト」 を発足し、「健康で、前向きに、自分らしく生き続けたい」と願う人々をサポートする企業を目指す中長期ビジョンを掲げた。このビジョンのもと、飲料事業の枠を超えた新たな価値提供が模索された。
SUNTORY+の開発を主導したのは 赤間康弘氏 である。赤間氏は任天堂で数々の名作ゲームや新サービスに携わった経歴を持ち、サントリーに参画後、 ゲーミフィケーションの知見を健康行動の習慣化に応用 するというコンセプトを推進した。2020年7月、サントリー食品インターナショナル初の大規模デジタルプロダクトとしてSUNTORY+はローンチされた。
「サントリー初の大規模デジタルプロダクト。異例づくしの新事業の仕掛け人」
サービス概要
SUNTORY+(サントリープラス) は、企業の健康経営を 無償で サポートする法人向けサービスである。導入企業の従業員は専用スマートフォンアプリを通じて、体脂肪・血圧・血糖値・コレステロール管理に関連する約60種類の健康行動タスクに取り組む。
タスクは 「超低ハードル」 に設計されている。「朝起きたら水を1杯飲む」「階段を使う」といった、誰でもすぐに始められる小さな行動が中心である。週3日以上タスクを実践するとポイントやクーポンが貯まり、 職場の自販機で健康飲料と交換 できる仕組みである。
管理者向けには 「SUNTORY+ Navi」 を提供し、アプリ利用状況や歩数データをリアルタイムで確認可能。ウォーキングイベント 「アルコフェス」 などの組織横断型の健康施策も展開している。
成果と現状
SUNTORY+は急速に導入企業数を拡大した。サービス開始から約2年で 300社 、3年半で 1,000社 、5年で 1,300社超 の導入を達成。1か月継続率は 84% と高く、利用者の 88% が健康意識の向上を実感していると報告されている。
事業体制も10社・9部門・ 100人超のチーム にまで成長した。飲料メーカーが自販機ネットワークを活用してヘルスケア事業を展開するという、 既存アセットを最大限に活かした新規事業モデル として注目されている。
この事例から学べること
第一に、「超低ハードル」の行動設計が習慣化の鍵であるという点である。 健康行動の最大の敵は「続かないこと」だが、SUNTORY+は1つのタスクを極限まで簡単にすることで、行動変容の第一歩を踏み出させることに成功した。
第二に、既存の物理アセット(自販機)がデジタルサービスの差別化要素になるという点である。 全国に展開する自販機ネットワークを「健康行動のインセンティブ装置」に転換した発想は、飲料メーカーならではの強みであり、純粋なアプリ事業者には模倣できない。
第三に、異業種出身者がもたらす非連続なイノベーションの価値である。 元任天堂のゲームクリエイターという異色の経歴を持つ赤間氏の参画が、飲料メーカーの常識にとらわれないUX設計を可能にした。多様な人材の登用が、大企業の新規事業を加速させる典型例である。

