無人店舗の理想と「事業化の壁」
無人決済店舗は、人手不足の解消と消費者の利便性向上を同時に実現する技術として注目を集めている。しかし、技術的に「動く」ことと、事業として「成り立つ」ことの間には大きな溝がある。
AIによる画像認識や重量センサーを組み合わせた無人決済システムは、開発コストが高く、導入先の確保も容易ではない。特に日本市場では、「レジのない店」に対する消費者の心理的な不安感や、既存の有人店舗との差別化が課題となる。
テクノロジースタートアップが直面する「技術の壁」以上に、事業として収益性を確立し、パートナー企業の理解と賛同を得る「事業化の壁」は高いのである。
JR東日本スタートアッププログラムから始まった挑戦
TOUCH TO GOの原点は、2017年のJR東日本スタートアッププログラムにさかのぼる。サインポスト社が開発したAI無人決済システムが最優秀賞を獲得し、同年12月にJR大宮駅で無人決済店舗の実証実験を実施したことがきっかけとなった。
2018年10月にはJR赤羽駅で2回目の実証実験を実施。これらの実績を踏まえ、2019年7月にJR東日本スタートアップとサインポストが50%ずつ出資し、 資本金3億円 で株式会社TOUCH TO GOが設立された。
「大企業の現場の人間が、当事者意識をもって、リスクも背負いながら事業開発に臨むことが大切。仲介役としてではなく、実業の担い手として動く」
――TOUCH TO GO 強烈な当事者意識で「無人決済」の未来を創る(Incubation Inside)
代表取締役社長に就任した阿久津智紀は、JR東日本で駅ナカコンビニNEWDAYSの店長として20〜30名のアルバイトをマネジメントし、店舗運営の現場課題を肌で知る人物である。その経験が、無人決済による省人化という事業コンセプトの原点となった。
高輪ゲートウェイ駅での日本初・常設無人AI決済店舗
2020年3月、JR高輪ゲートウェイ駅の開業と同時に日本初の無人AI決済店舗「TOUCH TO GO」1号店をオープンした。AIカメラと重量センサーで来店客が手に取った商品を自動認識し、バーコードスキャン不要のウォークスルー型買い物体験を実現。
通常3〜4名必要な店舗を1名で運営でき、 人件費を約80万円削減 する効果が確認された。
「事前登録不要、スマホアプリのダウンロードも不要。入って、取って、出る。ただそれだけの買い物体験を実現した」
――高輪ゲートウェイ駅に出現、常設「駅ナカ無人コンビニ」の全貌(Business Insider Japan, 2020年3月)
ファミリーマートとの大規模パートナーシップ
ファミリーマートは主要な導入パートナーとなり、2021年3月に「ファミリーマート サピアタワー/S店」をオープン。約55平米の店舗に48台のカメラを設置し、商品認識率95%を達成した。その後も導入を拡大し、44店舗以上の無人決済店舗を展開している。
「『自分のお母ちゃんが使えるシステムにしよう』が合言葉。高齢化が進む日本では、親世代こそがマスマーケットになる」
――お母ちゃんでも使える無人決済店舗システムで人手不足問題を解決する(MUGENLABO Magazine)
海外のようにQRコードで入退店を管理する仕組みではなく、現金にも対応し、ユーザー登録不要で誰でも利用できる設計が、日本市場への浸透を後押しした。
多彩な製品ラインナップと200店舗突破
大型店舗向け「TTG-SENSE」、省スペース向け「TTG-SENSE MICRO」、棚1台から導入可能な「TTG-SENSE SHELF」、多機能セルフレジ「TTG-MONSTAR」シリーズと、多様な設置環境に対応する製品群を展開。駅構内だけでなく、オフィス、病院、ガソリンスタンド、物流倉庫の休憩所など、これまで店舗を出せなかった「マイクロマーケット」にも進出している。
2024年10月には合計導入店舗数が 200店舗を突破 した。
「2020年3月23日の高輪ゲートウェイ駅直営店舗のオープンから約4年半を経て、『TTG-SENSE』『TTG-MONSTAR』シリーズの導入店舗数が合計200店舗を突破」
――導入店舗数が200店舗を突破(TOUCH TO GO プレスリリース, 2024年10月)
この事例から学べること
第一に、短期でスモールに「目に見える成果」を作ることの重要性である。 大企業発スタートアップの成功には、外部の評価やメディア報道を通じて社内の支持を獲得するアプローチが有効である。高輪ゲートウェイ駅での1号店オープンは、技術の実証であると同時に、社内外への強力なメッセージとなった。
「新規事業は短期でスモールに目に見えるものを作ることが重要。外部の評価やメディア報道が、結果として組織内の巻き込みにつながる」
――新規事業は短期でスモールに目に見えるものを(BUSINESS LAWYERS)
第二に、現場経験に根ざした当事者意識が事業の説得力を生むことである。 代表の阿久津氏はNEWDAYSの店長として店舗運営の課題を肌で知る人物であり、その経験が無人決済という事業コンセプトの原点となった。技術起点ではなく課題起点で事業を構想できたことが、パートナー企業の共感を得る力となっている。
第三に、大企業とスタートアップの合弁モデルの有効性である。 JR東日本の現場・顧客基盤とサインポストの技術力を掛け合わせ、50%ずつの対等出資で合弁会社を設立した。技術的な優位性を「3分で伝わる資料」に翻訳し、相手の意思決定を助ける誠実なコミュニケーションが、200店舗突破の原動力となった。


