課題・背景:教育産業の変革期とグループの組織風土
ベネッセホールディングスは「 進研ゼミ 」や「 こどもちゃれんじ 」に代表される通信教育事業を主軸に成長してきた。しかし少子化の進行と、EdTech(教育テクノロジー)スタートアップの台頭により、従来のビジネスモデルに対する変革圧力は年々強まっていた。
同時に、約 2万人 のグループ社員の中には、教育への深い知見と現場感覚を持つ人材が多数存在していた。しかし既存の組織構造の中では、個々の社員が持つ事業アイデアや改善提案が経営層に届く仕組みが十分ではなかった。 組織の閉塞感を打破 し、社員一人ひとりの当事者意識を喚起する仕掛けが求められていたのである。
取り組みの経緯:全社員・1名から・複数案件OKの大胆な設計
2021年8月、ベネッセホールディングスは新しい社内提案制度 「B-STAGE(ビーステージ)」 を発表した。その設計思想は、参加のハードルを 極限まで下げる ことに集約されていた。
対象はグループ社員 「全員」 で、 1名から 参加可能。 複数案件 の応募も認められ、社外メンバーを交えた チーム での提案も可能とした。最も特徴的なのは、提出書類がテキストだけの 「ペーパー1枚」 で完結する点だ。事業計画書やスライドの作成を求めないことで、アイデアの量を最大化する設計が徹底されていた。
募集は「 新規事業提案部門 」と「 業務改革提案部門 」の2部門制を採用した。新しい事業を生むだけでなく、日々の業務の改善点や気づきも提案対象とすることで、「自分には新規事業のアイデアはない」と感じる社員も参加できる間口の広さを確保した。
サービス・事業の概要:1,782件のエントリーから事業化へ
初年度の結果は予想を上回るものだった。6月14日のエントリー開始から8月25日の締め切りまでに、 合計1,782件 の応募が集まった。内訳は新規事業提案 875件 、業務改革提案 907件 である。約2万人のグループ社員に対してこの規模の応募は、制度設計の巧みさを証明している。
特筆すべき成果が、2021年度新規事業提案部門優秀賞を受賞した 英語攻略リズムゲーム「Risdom(リズダム)」 である。「英語学習をゲームの力で楽しく習慣化する」というコンセプトのもと、 セガ エックスディー との共同開発が実現。2024年春にサービスの提供が開始された。ベネッセの教育コンテンツ開発力と、セガのゲーム開発技術を掛け合わせたオープンイノベーションの好例である。
成果と現状
B-STAGEは一過性のイベントではなく、 継続的な制度 として運用されている。毎年の応募サイクルを通じて、グループ内の イノベーション文化 を醸成する装置として機能している。
制度の真の価値は、最終的に事業化される少数の案件だけにあるのではない。1,782件のエントリーが意味するのは、それだけの数の社員が「自分の会社をこう変えたい」と能動的に考え、行動に移したという事実である。この 組織風土の変革効果 こそが、B-STAGEの最大の成果といえる。
この事例から学べること
第一に、「ハードルの低さ」がエントリー数を最大化する。 ペーパー1枚、1名から、複数応募可という設計は、「まずは出してみよう」という心理的安全性を生む。精緻な事業計画を求める制度は質を高める一方で、参加者の裾野を狭める。B-STAGEは量の最大化を明確に優先した。
第二に、「新規事業」と「業務改革」の2部門制が、全社員の参加動機を創る。 大半の社員にとって「新規事業の提案」はハードルが高いが、「日常業務の改善提案」なら身近である。この2部門制によって、イノベーションを「特別な人の仕事」から「全員の日常」へと再定義することに成功した。
第三に、事業化において外部パートナーとの共同開発が有効である。 Risdomの事例に見られるように、社内で採択されたアイデアの実装を外部の専門企業との協業で加速することで、大企業の内部リソースの制約を超えた展開が可能になる。


