課題・背景
企業がデータを活用してビジネスの意思決定を行うデータサイエンスの需要は急速に拡大している。しかし、 データサイエンティストの人材不足 は世界的な課題であり、高度な専門知識を持つ人材の確保は容易ではない。
データ分析プロセスのなかでも、もっとも時間と専門性を要するのが 「特徴量設計」 と呼ばれる工程である。生のデータから機械学習モデルに投入する有用な変数(特徴量)を設計する作業で、データサイエンティストの業務時間の約80%を占めるとされる。この工程を自動化できれば、データ活用の民主化に大きく貢献できる。
一方で、大企業の研究所が生み出した先端技術を事業として成長させる難しさも長年の課題であった。日本企業は「技術の種」を多く持ちながら、それをグローバル市場で通用するプロダクトに仕上げるスピードで海外勢に後れを取ることが少なくない。
なぜこの企業が取り組んだか
NECは長年にわたりAI・機械学習の基礎研究に投資してきた。NEC中央研究所に在籍していた藤巻遼平氏は、 33歳でNEC史上最年少の主席研究員 に就任した気鋭の研究者である。藤巻氏が率いるチームは、特徴量設計を自動化するアルゴリズムの研究開発で世界トップレベルの成果を上げていた。
しかし、この技術をNECの既存事業の枠内で育てることには限界があった。AIデータサイエンスのプラットフォーム市場はグローバルな競争が激しく、 シリコンバレーのスタートアップと同じスピード感 で意思決定・採用・製品開発を進める必要があった。
NECは「あえて将来の有望株は外で育てる」という大胆な判断を下した。最も期待されるAI技術とチームをカーブアウトし、シリコンバレーに独立会社を設立することで、グローバル市場での最速成長を目指す戦略を選択したのである。
「NECはあえて将来性があり成長領域のAI分野、しかもそこのもっとも期待されている技術とチームをカーブアウトした」
――あえて将来の有望株は外で育てる。NECからのカーブアウトで生まれたAIスタートアップ(TECHBLITZ, 2019年)
サービスの仕組み・差別化
dotDataが提供するのは、 AIデータ分析プラットフォーム である。企業が保有するリレーショナルデータベースやトランザクションデータから、AIが自動的に特徴量を設計し、予測モデルを構築する。従来は数週間から数カ月を要していたデータ分析プロセスを、 数日から数時間に短縮 できる点が最大の差別化ポイントである。
技術の核心は「特徴量自動設計」にある。人間のデータサイエンティストが試行錯誤で行っていた特徴量の探索・生成・選択のプロセスを、独自のアルゴリズムが自動で実行する。これにより、データサイエンティストの専門知識がなくてもビジネスユーザーがデータ分析を行える環境を実現した。
dotDataのプラットフォームは、金融・保険業界での不正検知や顧客離反予測に始まり、通信・流通・航空・自動車・サービスなど 9業種以上 に活用領域を拡大している。企業のDXを加速するインフラとして、業界横断的な価値を提供している。
成長・成果
dotDataは設立後わずか1年半で急速な成長を遂げた。 2019年の第1四半期から第3四半期にかけて売上高は300%以上増加 し、機械学習自動化領域のグローバルリーダーとしての地位を確立し始めた。
資金調達面でも着実に実績を積み上げた。2019年10月にはジャフコとゴールドマン・サックスからシリーズAとして2,300万ドルを調達し、累計調達額は4,300万ドルに達した。2022年にはシリーズBを完了し、 累計調達額は7,460万ドル(約100億円) に到達した。
顧客基盤も急速に拡大している。当初は銀行や保険業界が中心だったが、現在は 国内外30社以上 が導入。業種も9業種に広がり、エンタープライズ向けAIプラットフォームとしての汎用性を実証した。
「dotData, Inc.は2019年の第1四半期から第3四半期にかけて売上高が300%以上増加するなど急速に成長しており、機械学習自動化領域におけるリーダーとしてのグローバルな評価も得ています」
――dotData、ジャフコとゴールドマン・サックスから2,300万ドルのシリーズA資金調達を完了(NEC プレスリリース, 2019年10月)
展開・進化
dotDataはNECとの連携を維持しつつ、独立したスタートアップとしてグローバル展開を加速している。NECのSI力を活用した日本市場での導入支援と、シリコンバレーを拠点とした米国・欧州市場の開拓という二軸戦略が機能している。
プロダクト面でも進化を続けており、より幅広いデータソースへの対応や、ビジネスユーザー向けのノーコード分析機能の強化を進めている。「データサイエンスの民主化」というビジョンのもと、AIによるデータ活用をすべての企業に届けるプラットフォームへの進化が続いている。
この事例から学べること
第一に、大企業の研究開発資産を最速で事業化するにはカーブアウトが有効な選択肢であるという点である。 NECは社内で育てるのではなく、あえてシリコンバレーに独立会社を設立することで、グローバル市場のスピードに合った意思決定と人材採用を可能にした。カーブアウトは技術の「死蔵」を防ぐ戦略として注目に値する。
第二に、明確な技術的差別化がグローバル競争の鍵であるという点である。 dotDataは「特徴量自動設計」という一点に集中することで、汎用的なAIプラットフォームとの差別化に成功した。広く浅くではなく、深い技術的優位性を武器にニッチから市場を切り拓くアプローチが有効であった。
第三に、親会社との「適切な距離感」が成長を左右するという点である。 NECは出資者として支援しつつも、経営の独立性を尊重した。日本市場ではNECの販路を活用し、グローバルではスタートアップとして機動的に動くというハイブリッドモデルが、カーブアウト成功の要因となっている。


