課題・背景
世界の人口増加に伴い、水産資源の需要は急増している。しかし、 天然漁獲量は気候変動や乱獲により減少傾向 にあり、既存の海面養殖も海洋汚染や赤潮リスクを抱えている。食料安全保障の観点から、海に依存しない養殖技術の確立は国際的な課題であった。
荏原製作所は創業100年を超えるポンプ・コンプレッサーメーカーである。長期ビジョン「 E-Vision2030 」の中で、既存の風水力・環境事業に次ぐ新たな収益の柱の構築を掲げていたが、コア技術を活かした具体的な新規事業領域の特定が課題であった。
取り組みの経緯
2018年に新規事業の専門部署「 次世代事業開発推進部 」を創設。2019年には複数の新規事業開発プロジェクトのひとつとして 陸上養殖事業 が始動した。
荏原がこの領域に注目した理由は明快である。 完全閉鎖型の陸上養殖システム(RAS) は、水を循環させるポンプ、水温を制御する熱交換器、水質を維持する濾過・処理装置など、同社が創業以来培ってきた流体制御技術の集大成のような仕組みだからである。
2020年には京都大学発スタートアップの リージョナルフィッシュ(RF社)との資本業務提携 を締結。第三者割当増資を引き受け、RF社が持つゲノム編集技術による高成長・高栄養価の品種開発力と、荏原のエンジニアリング力を掛け合わせた。
サービス・事業の概要
荏原のマリン事業は、 完全閉鎖型の陸上養殖システム を軸に展開される。海水を循環利用するため海に面していない内陸部でも海水魚の養殖が可能であり、外部環境の影響を受けない安定生産を実現する。
対象品種は バナメイエビ を中心に飼育試験を進めている。さらに、 AIを活用した飼育自動化システム の開発にも着手しており、水温・溶存酸素・pH等の飼育環境をリアルタイムでモニタリングし、最適な給餌・換水タイミングを自動制御する仕組みを構築中である。
ビジネスモデルは、養殖システムの「 造る 」(設計・建設)、養殖ノウハウの「 育てる 」(運営支援)、流通への「 届ける 」(販路構築)をワンストップで提供する 産業化支援プラットフォーム である。
成果と現状
2024年には 静岡県に大型の実証施設 を立ち上げ、商用生産規模での実証試験を開始した。バナメイエビの飼育試験ではポンプ・水処理技術を活かした高い水質維持能力が確認されており、生存率と成長速度の向上に寄与している。
荏原はこの事業を E-Vision2030の成長ドライバー のひとつと位置づけ、国内外の陸上養殖市場をリードする方針を打ち出している。リージョナルフィッシュとの連携を深めながら、 世界の陸上養殖市場のプラットフォーマー を目指している。
この事例から学べること
第一に、製造業のコア技術を「用途転換」する際の着眼点である。 荏原はポンプや水処理技術の「機能」に着目し、それが本質的に求められる別の産業(水産養殖)を見出した。技術の「スペック」ではなく「本質的な機能」から逆算する用途開発は、製造業の新規事業に普遍的に応用できるフレームワークである。
第二に、スタートアップとの資本業務提携による「技術補完」の設計である。 自社が持たないバイオテクノロジー領域の知見を、リージョナルフィッシュへの出資と業務提携で獲得した。大企業のエンジニアリング力とスタートアップの先端技術を「 出資+共同開発 」の形で結びつけるオープンイノベーションの好事例である。
第三に、「プロダクト売り」ではなく「産業化支援プラットフォーム」への昇華である。 養殖システムを売って終わりにするのではなく、運営支援・販路構築までを包含したビジネスモデルとしたことで、LTV(顧客生涯価値)の最大化とロックイン効果の双方を実現する構造を設計した。


