課題・背景
2050年カーボンニュートラルの実現に向け、企業の脱炭素化への取り組みは急務となっている。とりわけ 中小企業やマンション管理組合 にとって、太陽光発電の導入は高額な初期投資が障壁となり、再生可能エネルギーの普及は大企業中心に偏っていた。
エネルギー業界自体も大きな構造変化の渦中にある。電力・ガスの自由化により既存事業者の競争環境は厳しさを増し、 ガス会社にとっては脱炭素の流れが本業の将来に直結する 経営課題となっている。従来のガス供給モデルに依存し続けることはリスクであり、新たな収益源の確保が不可欠であった。
加えて、日本で働く外国人就労者が急増するなか、来日時の電気・ガスなど 生活インフラの契約手続きの煩雑さ も社会課題として顕在化していた。言語の壁と複雑な手続きが、外国人材の円滑な受け入れを阻んでいた。
なぜこの企業が取り組んだか
東京ガスは2019年12月、新規事業創出の専門子会社として 「東京ガスリブソリューションズ株式会社」 を設立した。この事業創造新社の傘下に、ヒナタオエナジーとスミレナの2つの事業会社を置く構造とした。
この意思決定の背景には、既存の組織体制のままでは新規事業のスピードが出ないという課題認識があった。東京ガスという大組織の中で新しいサービスを立ち上げようとすると、既存事業との調整や社内承認プロセスに時間を要する。 事業創造機能を別会社として切り出す ことで、スタートアップに近い機動性を確保する狙いがあった。
ヒナタオエナジーは「社会課題をエネルギーで解決する」をコンセプトに掲げ、従来の東京ガスブランドとは異なる新しいエネルギーブランドとして誕生した。既存顧客ベースに依存しない、ゼロからの顧客開拓を前提とした事業設計である。
「2050年CO2ネット・ゼロ実現に向け、脱炭素社会への移行をリードする東京ガスグループから、環境にやさしく持続可能な社会実現を目指す新たなエネルギーブランドとして誕生しました」
――斬新なサービスでエネルギー業界に革新を◆ヒナタオエナジーの取り組み(東京ガス グループトピックス, 2022年7月)
サービスの仕組み・差別化
ヒナタオエナジーは主に2つのサービスを展開している。第一が 「ヒナタオソーラー」、第二が 「ヒナタオでんき&ガス」 である。
ヒナタオソーラーは、マンションやビルの屋上に 初期投資ゼロで太陽光発電システムを導入 できるPPAモデル(Power Purchase Agreement)のサービスである。発電した電気の利用分に対してサービス料金を支払い、 契約期間満了後は太陽光発電設備が無償で譲渡 される。設備の維持管理もヒナタオエナジーが担うため、顧客側の運用負荷もない。
ヒナタオでんき&ガスは、日本で働く外国人就労者向けに、電気・ガスの契約を含む生活インフラのセットアップを 多言語でワンストップ提供 するサービスである。言語の壁を取り除き、来日後すぐに生活を始められる環境を整える。
東京ガスの信頼性とインフラ運用ノウハウを活かしつつ、 従来のガス会社にはなかった顧客体験 を提供する点が差別化のポイントである。
成長・成果
限られた人員での事業運営という制約のなか、ヒナタオエナジーはデジタルマーケティングを積極的に活用して成果を上げてきた。マーケティング施策の強化により、 Webサイトのセッション数は8倍、コンバージョン数は10倍 に増加した。
PPAモデルによるヒナタオソーラーの導入は着実に拡大しており、企業の脱炭素化への第一歩を後押しする存在として認知が広がっている。特に、太陽光発電の導入を検討しながらも初期投資がネックとなっていた中小企業やマンション管理組合からの引き合いが増えている。
東京ガスグループ全体としては、 2030年に国内外合わせて再エネ電源取扱量600万kW という目標を掲げている。ヒナタオエナジーはその一翼を担う事業として、グループの脱炭素戦略における重要な位置づけを担っている。
「東京ガスグループの新規事業を支援。限られた人員で、セッション数8倍、CV10倍を達成」
――株式会社ヒナタオエナジー マーケティング支援実績(才流)
展開・進化
ヒナタオエナジーは東京ガスの「出島」として、既存事業では取りこぼしていた市場セグメントの開拓を続けている。外国人就労者向けサービスと太陽光発電サービスという一見異なる2事業は、「社会課題×エネルギー」という共通軸でつながっている。
今後はPPAモデルのさらなる拡大に加え、蓄電池やEV充電など脱炭素関連サービスの拡充も視野に入れている。ガス会社の「次の柱」をつくるための実験と学習の場として、ヒナタオエナジーの役割はますます重要になっている。
この事例から学べること
第一に、出島子会社という組織設計が新規事業の速度を生むという点である。 東京ガスは事業創造新社を通じて、既存組織の意思決定プロセスから切り離された環境を用意した。新規事業に必要なスピード感は、組織構造の設計から始まるという好例である。
第二に、初期投資ゼロのビジネスモデルが市場開拓の突破口になるという点である。 ヒナタオソーラーのPPAモデルは、太陽光発電の導入障壁を劇的に下げた。技術やサービスの優位性だけでなく、顧客の導入障壁を取り除くビジネスモデルの設計が成長のカギを握る。
第三に、社会課題の掛け合わせが新しい市場を創出するという点である。 外国人就労者支援と脱炭素という2つの社会課題を、エネルギーサービスという自社の強みで解決するアプローチは、既存事業の延長では生まれにくい発想である。異なる課題の交差点にこそ、新しいビジネスの種がある。


