課題・背景
日本の製造業はOT(制御・運用技術)やハードウェアの品質で世界をリードしてきた。しかし2010年代に入り、 デジタル技術の急速な進化 がこの構図を変え始めた。GEの「Predix」やシーメンスの「MindSphere」など、欧米の産業機器メーカーがIoTプラットフォームを次々と発表し、製造業のデジタル化競争が激化した。
日立製作所は2009年3月期に 7,873億円の最終赤字 を計上し、「総合電機」モデルの限界に直面していた。社会インフラとITの融合で社会課題を解決する「社会イノベーション事業」への戦略転換を決断したものの、その構想を実現するデジタル基盤が必要であった。
工場、鉄道、電力、水道といった 社会インフラの運用データ は膨大に存在するが、それぞれのシステムがサイロ化しており、データを横断的に活用する仕組みが欠如していた。この断絶を埋めるプラットフォームが求められていた。
なぜ日立が取り組んだか
日立がLumadaに取り組んだ最大の理由は、 IT×OT×プロダクトという三位一体の強み を持つ企業がほかに少ないからである。ITだけならGAFAやSIerと競合する。OTだけなら産業機器メーカーと変わらない。しかし、制御システム、ハードウェア、ITインフラのすべてを自社グループ内で持つ企業は、世界でも限られている。
日立は鉄道制御システム、発電プラント、産業用ロボット、ATMなど OTの実績が100年以上 に及ぶ。この現場知見(ドメインナレッジ)とITを掛け合わせることで、デジタル専業企業にはできない「現場に根差した」ソリューションを提供できるという判断があった。
「日立は、IT×OT×プロダクトを活用してお客さまとともに社会課題を解決する社会イノベーション事業を推進しています」
サービスの仕組み・差別化
Lumadaは特定のソフトウェア製品ではなく、 日立のデジタル技術・ナレッジ・ビジネスモデルを結集した「仕掛け・仕組み」の総称 である。以下の3つのレイヤーで構成される。
第一に、データ収集・統合レイヤー。 工場のセンサーデータ、鉄道の運行データ、ビルの空調データなど、多様なOTデータをリアルタイムに収集・統合する基盤を提供する。
第二に、分析・AI レイヤー。 収集したデータをAIや機械学習で分析し、設備の予知保全、エネルギー最適化、需要予測などの知見を生成する。Lumada 3.0では 生成AIとドメインナレッジの融合 が重点テーマとなっている。
第三に、協創・コンサルティングレイヤー。 「協創の森」を拠点に、顧客企業と共同で課題を定義し、ソリューションを設計する。独自方法論「NEXPERIENCE」によるデザインシンキング的アプローチを採用し、技術シーズではなく 顧客課題からの逆引き で開発を進める。
GEのPredixが2020年に事実上の撤退を余儀なくされたのに対し、Lumadaが成長を続けられた理由は、この 三位一体のアプローチ にある。ITプラットフォームとしての技術力だけでなく、OTの実績に裏打ちされた業界理解と、ハードウェア製品との統合が、顧客に対する説得力を担保している。
成長・成果
Lumadaの成長は数字に明確に表れている。
2024年度(2025年3月期)のLumada事業売上収益は 約3兆210億円 に達し、全社売上の約31%を占めるまでに成長した。2016年のローンチ時点から考えると、8年間で社会イノベーション事業のデジタル基盤として全社の柱に位置づけられるまでに至った。
2025年度の売上目標は 前年比28%増の約3兆9,000億円 であり、全社売上比率は38%への拡大を見込む。長期的には「Lumada売上収益比率80%」という水準を目指しており、日立は Lumadaの会社 へ変わる。その覚悟の表れである。
導入事例も製造業を中心に幅広い。トヨタ自動車は2017年に製造業向けIoTプラットフォームとして日立との協業を発表した。金属加工設備メーカーのアマダは2019年よりLumadaを活用し、生産設備の予知保全を実現している。
展開・進化
2025年4月に発表された新経営計画「Inspire 2027」では、 Lumada 3.0 が中核に据えられた。1.0がIoT、2.0がデジタルエンジニアリングであったのに対し、3.0は AI×ドメインナレッジの融合 が主題である。
日立の大みか事業所では、品質保証業務に AIエージェント を適用し、過去のトラブル事例の検索時間を9割削減した実績がある。こうした実証成果を他の事業領域に横展開し、社会インフラ全体のトランスフォーメーションを推進する。
2027年度にはLumada売上収益比率50%、Adjusted EBITA率18%を目指す。さらに長期では Lumada比率80%、EBITA率20% を「めざす水準」として掲げており、日立の事業モデルそのものが、Lumadaを中心に再編されていく。
この事例から学べること
第一に、経営危機を戦略転換の触媒として活用できるという点である。 日立は2009年の巨額赤字を契機に「社会イノベーション事業」への集中を決断した。この危機がなければ、「総合電機」の看板を捨てる判断は下せなかった可能性が高い。危機は変革の最大の推進力となりうる。
第二に、大企業ならではの「三位一体の強み」を活かすプラットフォーム戦略の有効性である。 IT、OT、プロダクトのすべてを持つ企業は世界でも稀であり、この独自性がLumadaの競争優位の源泉となっている。GE Predixの撤退が示すように、ITプラットフォームだけでは産業領域のDXは実現しにくい。
第三に、大胆なM&Aによるケイパビリティ補完の重要性である。 GlobalLogic買収(約1兆円)は日本企業のデジタル関連M&Aとしては異例の規模であった。自社に足りない要素を時間をかけて内製するのではなく、 M&Aで一気に獲得する という判断が、Lumada 2.0への進化を可能にした。