「商品を届けるだけ」でいいのか、という問い
コクヨは1905年創業の文具・オフィス家具メーカーとして、日本の学びとオフィスを長年支えてきた。しかし、デジタル化が進む中で「モノを作って売る」だけのビジネスモデルに限界が見え始めていた。
特に文具が身近な存在である中高生に対して、ただ商品を届けるだけではなく、もっとできることがあるのではないか。この社内からの問いかけが、新規事業「meeket!(ミーケット)」の出発点となった。
コクヨが実施した中高生向け調査では、「勉強法に関する情報収集をしていますか?」という問いに対し、「頻繁にしている」「ときどきしている」を合わせた回答は全体の54.3%にとどまった。半分弱の学生は、課題を感じながらも情報収集をあまり積極的には行っていないことがわかった。
「勉強法に関する情報をどこから得ますか?という質問では、『動画サイト』『ネット検索』『SNS』というデジタルメディアと、『先生』『友達』という人とのつながり、いずれもが上位にランクインしました」
――コクヨ ニュースルーム(コクヨ, 2020年8月)
中高生は勉強ツールの情報を求めているが、文具に特化した信頼できる情報源は存在しなかった。ここにコクヨが新たな価値を提供できる余地があった。
文具部門3人のチームで始まった開発
meeket!の開発チームは、戦略・マネジメント担当、商品開発担当、顧客接点担当の 3人で構成 された。全員がもともとコクヨの文具部門に在籍しており、中高生の学びの現場を熟知するメンバーだった。
コクヨのInstagramアカウントを通じて中高生の声を直接聞き、「自分に合った勉強ツールがわからない」「どの文具が自分の勉強スタイルに合うのか知りたい」といった具体的なニーズを把握していった。
アプリの開発にはマッチングサイト・コミュニティサイト構築パッケージ「カスタメディア」を採用し、開発期間の短縮を図った。
「meeket!は、『自分に合った勉強ツールや勉強方法がわからない』といった中高生の困りごとに対して、自身にぴったりの勉強ツールに出会えて、快適な学習環境づくりをサポートするアプリ」
――勉強ツール クチコミアプリmeeket!(ミーケット)をリリース(コクヨ プレスリリース, 2022年6月)
2022年6月リリース、1,000件超の投稿を獲得
2022年6月1日、meeket!は正式にリリースされた。文具を含む勉強ツールに特化したクチコミアプリという、これまでにないカテゴリーのサービスだった。
アプリには3つの主要機能が搭載された。第一に、中高生のリアルなクチコミが集まる勉強ツール特化型のレビュー機能。第二に、目標や学びスタイルに合わせた勉強ツールの検索・発見機能。第三に、「こんな勉強ツールはありますか?」と質問できる掲示板機能である。
リリース時点で 1,000件を超える勉強ツールの投稿 が集まった。ユーザー同士が「いいね」「クリップ」「コメント」で反応し合い、SNSのようなコミュニティが形成された。アプリ内で話題になった文具が「ミーケット買い」として購入されるなど、クチコミが購買行動につながる事例も生まれた。
中高生との共創から生まれたオリジナル商品
meeket!の特筆すべき取り組みが、ユーザーである中高生との共創活動である。アプリ開発をサポートしてくれた中高生の声を直接聞き、2つのオリジナル商品を開発した。
「本に寄り添う文鎮」は、参考書を開いたまま固定したいという中高生の日常的な困りごとから生まれた。「右上がり罫線ルーズリーフ」は、文字が右上がりになってしまうという悩みに応える商品である。
「meeket!では中高生と共創活動も行いました。アプリのリリースを記念して、中高生の声を聞いて製作したオリジナル商品を2022年6月1日からコクヨショーケースにて数量限定で発売しました」
――勉強ツール クチコミアプリmeeket!をリリース(コクヨ ニュースルーム, 2022年6月)
これらの商品は、メーカーが一方的に企画するのではなく、ユーザーコミュニティから得られたインサイトを直接商品化するという、コクヨにとって新しい開発プロセスの実験でもあった。
2023年12月にサービス終了
しかし、meeket!は 2023年12月をもってサービスを終了 した。リリースから約1年半という短い期間での撤退となった。
サービス終了の詳細な理由は公表されていないが、クチコミアプリというモデルが抱える構造的な課題は推測できる。ユーザー獲得コストとリテンション(継続利用)の難しさ、文具クチコミという比較的ニッチな領域でのマネタイズの壁、そしてSNSの普及により専用アプリの必要性が薄れている市場環境などが考えられる。
一方で、meeket!を通じて得られた「中高生の生の声」や共創プロセスのノウハウは、コクヨの商品開発に確実に蓄積されている。アプリそのものは終了しても、顧客との共創という発想がコクヨの事業全体に与えた影響は小さくないはずである。
この事例から学べること
第一に、「プロダクトからサービスへ」の転換の難しさである。 コクヨは文具という完成度の高いプロダクトを持つメーカーだが、アプリというサービス事業の運営には異なるケイパビリティが求められる。ユーザーの継続的なエンゲージメントを維持するための仕組みづくりは、製造業にとって未知の領域であり、その困難さがこの事例に表れている。
第二に、共創モデルの価値は事業の成否だけでは測れないという点である。 meeket!は事業としては短命に終わったが、中高生との共創プロセスから得られたインサイトや、オリジナル商品の開発手法は、コクヨの本業にフィードバックできる貴重な資産である。新規事業を「成功か失敗か」の二項対立で評価するのではなく、本業への学びの還元という観点で捉える視座が重要である。
第三に、小さく始めて撤退判断も速くできた点は評価すべきである。 3人チームで既存の開発基盤を活用し、約1年半で撤退を決断した。大企業にありがちな「やめられない新規事業」に陥ることなく、損失を限定的に抑えた。これは意思決定のスピードという観点から、健全なポートフォリオマネジメントの一例と言える。


