課題・背景
百貨店業界は慢性的な 人手不足 に直面している。セール期間や催事の繁忙期には短期的に大量の人員が必要になるが、正社員だけでは対応しきれず、派遣会社への依頼にはコストと時間がかかる。一方で、結婚・出産・介護を理由に退職した 販売経験豊富な元社員や、先の予定を立てにくい生活事情を持つ人材 は、長期雇用は難しいが単発であれば働きたいという意欲を持っていた。
この「人手が足りない企業」と「柔軟に働きたい個人」のミスマッチは、百貨店に限らず日本の小売業・サービス業全体の構造的課題であった。
取り組みの経緯
ワンデイワークの起案者である 飯島芳之 は、2002年に新卒で伊勢丹に入社し、新宿本店メンズ館の紳士服売り場でバイヤーやマネージャーとして約10年間、現場の最前線に立ってきた人物である。
飯島は、出産や家族の病気を理由に 優秀な女性社員が次々と退職 していく姿を間近で見てきた。「彼女たちの販売スキルや接客力を、フルタイムでなくても活かせる仕組みはないか」という問題意識から、2018年に三越伊勢丹HDが実施した 社内新規事業プログラム第1期に応募 し、優秀案件に採択された。
「売り場を一貫して担当してきたからこそ、人手不足の深刻さと、働きたいのに働けない人たちの存在を肌で感じていた」
――ワンデイワーク 元百貨店バイヤーが挑む”現場起点”での新規事業(Incubation Inside)
サービス概要
ワンデイワークは、 単日または短時間で働きたい求職者と、柔軟に人材を確保したい企業をマッチングする求人プラットフォーム である。スマートフォンアプリで完結し、求人検索、申込み、契約締結、給与の支払い・受取りまでをワンストップで行える。
求職者にとっての最大の特徴は 面接不要 である点だ。アプリのダウンロード、プロフィール(職務経歴)の入力、ワークの契約という3ステップで仕事が決定する。先の予定が立てにくい育児中の人や、副業として単発で働きたい人にとって、心理的・時間的ハードルを大幅に下げた設計であった。
アプリの開発は、ギグワーク領域のスタートアップ Wakrak との共同で行われた。三越伊勢丹グループの内部ニーズを起点としながら、外部パートナーの技術力を活用するアプローチである。
成果と現状
ワンデイワークは2019年11月のサービス開始後、三越伊勢丹グループ内の人材確保に活用され、その後は外部企業への求人サービス提供も展開した。三越伊勢丹HDとしては 前例のない100%子会社設立による社内起業 の成功モデルとなり、社内新規事業プログラムの有効性を証明した。
しかし、タイミー、シェアフル等の 単発バイトマッチングアプリの競合が急成長 する市場環境の中で、ワンデイワークは2023年3月にサービスを終了した。約3年半の事業運営を経ての撤退判断であった。
この事例から学べること
第一に、「現場の痛み」から生まれたアイデアの強さと、市場環境の壁の両面を学べる事例である。 飯島の起案は百貨店売り場での原体験に根ざした本質的な課題設定であり、サービスの設計思想は的確であった。しかし、同じ課題に対して豊富な資金力を持つスタートアップが複数参入し、競争が激化した。
第二に、大企業の社内起業における「スピードとスケール」の課題である。 ワンデイワークは三越伊勢丹グループの内需から出発したが、プラットフォーム型ビジネスはネットワーク効果を得るための急速なスケールが不可欠である。大企業子会社という立場での資金調達やマーケティングの制約が、成長速度に影響した可能性がある。
第三に、「撤退判断」も社内起業の重要な学びであるという点である。 サービス終了は失敗ではなく、限られたリソースの再配分という経営判断である。約3年半の事業運営で得た知見――アプリ開発、人材マッチング、スタートアップとの協業手法――は、三越伊勢丹HDの組織に蓄積された無形の資産である。


