課題・背景:8年続いた社内公募型から離脱する理由
パナソニックが2016年に開始した「Game Changer Catapult(GCC)」は、社内公募でビジネスアイデアを募り、有望なアイデアを持つ社員を新規事業担当として育成する内発型のプログラムだった。8年間で約4,000人の社内コミュニティを形成し、約200人がビジネスアイデアの育成を経験した実績を持つ。
しかし、内発型モデルが抱える構造的限界も明らかになってきた。社内アイデアは既存事業の延長線上になりやすく、既存のパナソニックにないビジネスモデル・技術・顧客基盤を持つ事業を生み出しにくいという問題だ。社内起業家を育てても、外部市場での競合と戦う経験値・速度・尖り方を社内で担保することには限界がある。
取り組みの経緯:CVCファンドとの連携を軸にした体制転換
2022年7月、パナソニックはSBIインベストメントと共同でパナソニックくらしビジョナリーファンド(正式名称:PC‐SBI投資事業有限責任組合)を設立した。投資枠は80億円、運用期間は10年間。推進体制はCTRO(最高変革責任者)傘下のCVC推進室が担い、投資対象は「エネルギー」「食品インフラ」「空間インフラ」「ライフスタイル」の4領域だ。これは同社のコア事業領域と交差しながら、既存事業が対応できていない新しい市場を開拓できるスタートアップへの出資を想定した設計である。
2024年5月、GCC推進部を「事業共創推進部」に改称し、CVCファンドとの連携強化とともに「Panasonic Kurashi Visionary Colab」を開始すると発表した。社内公募型から外部スタートアップとの共創型への転換は、「アイデアの多様性を社内だけでなく社外から調達する」という方針変更を象徴している。
「スタートアップ共創による新たな枠組みで新規事業創出の活動を加速」
――パナソニックホールディングス(PR TIMES、2024年5月27日)
サービス・事業の仕組み:4領域CVCと共創プログラムの複合設計
Kurashi Visionary Colabの設計は、CVCファンドによる投資と社内共創プログラムの二軸を連動させることに特徴がある。
CVCファンドは外部スタートアップへの出資を通じてエコシステムとの接点を作る。投資先スタートアップが持つ技術・顧客・ビジネスモデルと、パナソニックが持つ製品開発力・PoC環境・事業検証実績を組み合わせることで、どちらか単独では実現できない新規事業の創出を目指す設計だ。
事業共創推進部が担う社内側の役割は、GCC時代に蓄積した200人超の事業家経験者を共創のカウンターパートとして機能させることだ。外部スタートアップと社内の事業担当者が協働する形でビジネスを構築し、その事業を事業部門に継承するか、独立した新規事業会社として分離するかを判断するプロセスが用意されている。
2024年12月の「Marunouchi Crossing 2024」では、ゲノム解析技術を持つスタートアップやオンライン美容医療スタートアップとの共創事例が公開された。
成果と現状:GCC資産を外部共創の基盤に転換
GCCの8年間で蓄積した資産——4,000人のコミュニティ、200人超の事業家経験者、複数の新規事業会社設立と事業部門継承の実績——は、Kurashi Visionary Colabの重要な差別化要素として機能している。単に「スタートアップと共創します」という表明に留まらず、社内に共創を受け止められる人材・知見・プロセスが存在するという点が、外部スタートアップから見た協業の信頼性を高める。
4領域(エネルギー・食品・空間・ライフスタイル)への特化は、スタートアップ側の探索コストを下げる効果もある。自社の技術や事業がパナソニックのどの文脈に適合するかを明確に判断できる設計だ。
この事例から学べること
パナソニックのGCC→Kurashi Visionary Colab転換が示す最大の教訓は、内発型と外部共創型を二項対立で捉えない設計の重要性だ。GCCで育てた「事業家経験者200人」がいなければ、スタートアップとの共創は外部への丸投げに終わる。内発型で社内人材を育成したからこそ、外部共創が機能する受け皿が生まれた。
CVCファンドと共創プログラムの連動設計も示唆深い。出資だけでは技術取得に終わり、共創だけでは資本的なコミットが薄い。両者を連動させることで「投資→共創→事業化」の経路を設計できるモデルは、大企業の新規事業創出フレームとして参照価値が高い。
CTRO傘下のCVC推進室が、CVCファンドとKurashi Visionary Colabの両方を一元管理するという組織設計の意味も見逃せない。既存事業部門の予算・利益目標に縛られない変革専任部門が、新規事業を保護しながら育てる役割を担う構造は、大企業内部の「既存事業の重力」から新規事業を守る組織設計として機能する。