SBinnoとは何か
「SBinno(エスビーノ)」は、住友ベークライト株式会社が約10年前から続ける独自の新商品開発プログラムだ。開発者が自ら新規事業アイデアを企画し、それを「研修形式でサポートする」という仕組みで、社内から新事業の種を継続的に生み出すための仕掛けとして運用されてきた。
住友ベークライトはエポキシ樹脂・フェノール樹脂などの化学素材を主力事業とする素材メーカーだ。長年「研究は金食い虫」という評価を社内に持ちながらも、副社長が意識改革を主導し、研究開発を「将来の事業の柱を生む投資」と位置付けた。その文化転換の産物がSBinnoである。
BMI事業化という大きな賭け
SBinnoから育った代表的な新規事業が、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)事業化プロジェクトだ。
住友ベークライトは脳波測定用の樹脂製ドライ電極を開発してきた。従来の脳波電極は、頭皮に導電性ジェルを塗る手間や頭部形状・肌質の個人差への対応が課題だった。住友ベークライトはドライ電極の先端にハイドロゲルを用いることで、これらの課題を解消する医療用レベルの脳波測定デバイスを実現した。
2024年4月にBMI事業化プロジェクトチームを正式発足させ、2027年度の国内販売開始を目標に開発を進めている。長期的には「ブレインテック事業」として売上高1,000億円規模という目標を掲げており、素材メーカーとしては非常に大きな新事業目標となっている。
「強みの転用」という戦略の論理
素材メーカーが医療機器市場に参入するケースは、製品設計・薬機法対応・臨床エビデンス構築など、多くのハードルを越える必要があり、ゼロから参入すれば難易度が高い。
住友ベークライトが有利なのは、医療グレードの樹脂素材設計技術が、脳波電極そのものの性能に直結する点だ。これは「素材から製品へ」という垂直統合の試みではなく、「素材技術が最終デバイスの差別化要素になる領域を選ぶ」という選択の問題だ。
同様の論理は、同社が並行進行させているAEM(アニオン交換膜)量産化プロジェクトでも見られる。水素製造用の膜素材という、エネルギー転換の文脈で重要な素材において、化学素材の専門性を直接事業価値に転換しようとしている。
本業強化と新規事業の並行:2026年1月の買収
新規事業への投資と並行して、住友ベークライトは2026年1月に京セラのケミカル事業(半導体封止用エポキシ樹脂成形材料等)を300億円で買収した。半導体パッケージ材料は住友ベークライトの本業の中核であり、コア事業の強化と新規事業創出を並行推進している点が、同社の事業戦略の特徴だ。
新規事業だけに前のめりになるのではなく、本業の競争力を買収で強化しながら新領域への種も育てるという「二正面作戦」を実行している。
大企業新規事業開発の示唆
SBinnoとBMI事業化が示す教訓は3点に整理できる。
第一に、プログラムの長期継続が重要だという点だ。約10年間継続されたSBinnoから、BMI事業化という具体的成果が出るまでの時間軸は、新規事業プログラムを「3年で結果が出なければ廃止」する大企業の失敗パターンへの反証になっている。
第二に、本業の技術的強みを起点に新規事業を設計するという節度だ。「全く別の事業をやる」という方向ではなく、自社固有の素材技術が差別化に直結する領域を選んでいる。
第三に、トップの「意識改革」が文化の変容を作った点だ。副社長が「研究は金食い虫」という評価を変えたという事実は、制度設計だけでなく経営トップのナラティブ変容が必要だというメッセージを示している。