令和8年度税制改正において、オープンイノベーション促進税制のM&A型が実質的に再設計された。最大の変化は、従来「50%超の議決権取得」を必須としていたM&A型の対象要件が緩和され、マイノリティ取得(50%以下の株式取得)も一定条件下で控除対象となった点だ。大企業がスタートアップを「完全買収か出資か」で判断してきた二項対立に、段階的関係深化という第三の選択肢が制度として加わった形になる。
制度の全体像:出資型とM&A型の2本柱
オープンイノベーション促進税制は、大企業等がスタートアップへ投資した際に所得控除を受けられる制度だ。2020年度に創設され、令和5年度・令和8年度と段階的に拡充されてきた。制度は大きく「新規出資型(CVC投資等)」と「M&A型(株式取得)」の2類型に分かれる。
新規出資型は、大企業がスタートアップに現金出資する際に取得価額の25%を所得控除できる仕組みで、令和8年度改正では最低投資額が大企業向けに1億円から2億円へ引き上げられた。一方、M&A型は設立10年未満(研究開発型等は15年未満)の非上場スタートアップの株式を取得する際に所得控除を適用するもので、今改正の中核的な改正対象となった。両類型ともに令和10年(2028年)3月31日まで延長され、適用期限が2年間延長された。
M&A型の令和8年度改正:3つの柱
段階取得の対象化——「まず出資、後に買収」が控除対象に
改正前のM&A型は、過半数(50%超)の議決権を一括取得する場合のみが対象だった。最低投資額は5億円で、議決権過半数未満の取得では制度が使えなかった。これが実務上の制約となり、段階的に関係を深めながら最終的に完全子会社化を狙う戦略に対して、税制上の支援が届かない状況が続いていた。
令和8年度改正では、「3年以内に議決権割合が50%超となることを見込む場合における、50%以下の段階取得」が新たに対象化された。この段階取得要件での最低投資額は3億円(上限200億円)、控除率は取得価額の20%だ。一括取得(最低7億円・控除率25%)と比べると控除率は5ポイント低いが、出資の初期段階から控除が適用されるため、実務上の意義は小さくない。
一括取得の要件変更——最低額5億円から7億円へ
一括取得(50%超を一度に取得)の枠組みは存続しつつ、最低投資額が5億円から7億円へ引き上げられた。控除率は改正前と同じ25%、上限200億円の維持。取得対象のスタートアップ要件(設立10年未満または15年未満の非上場企業)は変更なし。最低額の引き上げにより、中規模のM&A案件では段階取得スキームへの誘導が強まる設計になっている。
吸収合併時の益金算入方法の変更——一括から5年均等へ
M&A型を適用して株式を取得した後、当該スタートアップが吸収合併された場合の処理も見直された。改正前は「特別勘定の残高を合併時に一括益金算入」する必要があり、合併のタイミングで大きな税負担が生じていた。改正後は、スタートアップの事業が成長・発展したことが明確な場合に限り、合併翌事業年度から5年間にわたり均等に益金算入できる。段階的な子会社化を経て最終的に完全統合するシナリオで、PMI(買収後統合)期間中の税負担が平準化される仕組みだ。
実務インパクト:意思決定フレームがどう変わるか
「完全買収か出資か」から「段階設計か一括取得か」へ
従来、大企業の新規事業・投資担当者がスタートアップとの関係を設計する際の基本構造は、「CVC(少数持分出資)か、M&Aか」という二択だった。CVCなら新規出資型の25%控除、M&Aなら5億円以上の一括取得で25%控除という整理が機能していた。しかし、最終的に完全買収を志向しながらも最初から過半数を取得するリスクを負えない案件——スタートアップ側の創業者株主との関係調整が必要なケース、事業シナジー検証が先行すべきケース——では、税制上の恩恵を受けにくかった。
段階取得スキームの整備で、3億円以上の初期出資で20%控除を享受しつつ、3年以内に過半数取得を目指す中期シナリオが制度上サポートされるようになった。「まず協業して可能性を探り、確認できたら買収する」というスタートアップ連携の実態に近い進め方に、税制がようやく追いついた格好だ。
段階取得スキームを使う条件と注意点
段階取得スキームを適用するには、「3年以内に過半数達成を見込む」という計画の合理性が問われる。単に少数持分を取得しただけでは適用できず、過半数取得の意図と実現可能性が必要だ。新規出資型との併用制限も設けられており、「段階取得型の制度が既に適用されているスタートアップへの出資は、新規出資型の対象外」となる。一つのスタートアップに対して両制度を二重適用することはできない。
吸収合併時の5年均等算入は「事業が成長・発展したことが明確な場合」という条件付きであり、すべての合併に自動的に適用されるわけではない。実際の適用にあたっては税理士・M&A専門家との確認が必要になる。
大企業の投資回収モデルへの影響
これまでスタートアップとの協業プロジェクトに参加しながら、将来の買収オプション維持を目的に少数持分を取得するケースは少なくなかった。この「協業優先・買収オプション温存型」の取引はM&A型控除の対象外だった。段階取得スキームにより、明確な買収意図を持つ案件では初期段階から税制上のリターンを組み込んだ投資計画を立てられるようになる。スタートアップとの初期接触段階から「最終的に過半数を取得するかどうか」を早期に判断することへの制度的インセンティブが生まれた形だ。
制度活用の留意点
本制度の活用には、対象スタートアップが「設立10年未満(研究開発型等は設立15年未満)の非上場企業」という要件を満たす必要がある。M&A型では取得した株式を一定期間保有することも求められる。実務上の手続き・申告要件は経済産業省の公式ガイドラインおよび国税庁の通達を参照し、税務専門家と連携して進めることになる。
段階取得スキームには「新規出資型との排他関係」という実務上の制約がある。段階取得型が適用されているスタートアップには、新規出資型(CVC出資型)を同時適用できない。既に新規出資型でCVC投資を実施したスタートアップを後に買収対象とする場合、過去の出資と今回の段階取得との制度上の関係を整理する必要が生じる。スタートアップとの長期的な関係を設計する際は、初期投資の段階から最終的な出口戦略(IPOかM&Aか)を見据え、どの制度を優先適用するかを事前に判断しておくべきだ。
本制度は大企業側の所得控除であり、スタートアップ側に直接の税務メリットが生じるわけではない。しかし、大企業が本制度を活用することで投資・買収のハードルが下がれば、資金調達・Exit選択肢の拡大という間接的な恩恵がスタートアップ側にも及ぶ。日本のスタートアップエコシステムにおけるM&A Exitの活性化を後押しする政策意図がある点は、売り手側の経営者にも共有されるべき文脈だ。本制度の拡充は、2026年5月に経済産業省が公開した「スタートアップM&Aガイダンス」と方向性を同じくし、日本政府がM&A Exitを成長戦略の主軸として正式に位置付ける流れの一環として読むことができる。
関連項目
- オープンイノベーション
- METI スタートアップM&Aガイダンス 2026年版
- CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)ファンド組成ウェーブ 2026
- 大企業のオープンイノベーション「成果なき撤退」の分岐点
- KDDIオープンイノベーション300億円の実態