介護施設が抱える「送迎」という見えない負担
通所介護サービス(デイサービス)を利用する高齢者にとって、施設への行き帰りは欠かせない日常である。しかし、その送迎業務は介護施設にとって非常に大きな負担となっている。
ある調査によれば、デイサービスの1日の業務のうち約3割が送迎関連に費やされている。送迎計画の作成は属人的で、経験の長い限られた職員がアナログで行うケースがほとんどである。利用者ごとの車椅子の有無、同乗の相性、到着希望時間など、考慮すべき条件は多岐にわたる。
加えて、介護業界全体で深刻化する人手不足と職員の高齢化が、送迎業務をさらに困難にしている。ドライバーの確保が難しくなり、送迎のために本来のケア業務に充てるべき時間が圧迫される悪循環に陥っている施設も少なくない。
自動車メーカーが「クルマの外側」に踏み出した理由
ダイハツ工業は2014年、介護施設を中心にコンパクトカーの利用促進を目指す社内プロジェクトを発足させた。全国の介護施設への営業活動を通じて、現場が抱える送迎業務の課題を肌で感じるようになった。
2015年には福祉専門チームを立ち上げ、全国各地の事業者から声を集めた。そこで見えてきたのは、「クルマを売る」だけでは解決できない、送迎業務そのものの非効率さという構造的な問題だった。
自動車メーカーとして培ったモビリティの知見を、送迎計画の最適化やルーティングのアルゴリズムに応用できるのではないか。2017年11月より事業化に向けた実証実験を開始し、2018年10月に通所介護事業施設向け送迎支援システム「らくぴた送迎」の販売を開始した。
「介護施設職員の『送迎業務に関する悩み』を解消するシステムを目指して開発し、2017年11月より事業化に向けた実証実験を実施した」
――通所介護事業施設向け送迎支援システム「らくぴた送迎」の販売を開始(ダイハツ工業 ニュースリリース, 2018年10月)
送迎計画の作成時間を4分の1に短縮
らくぴた送迎は、スマートフォンを活用した簡易テレマティクスシステムである。送迎前・送迎中・送迎後の各シーンで通所介護事業所の送迎業務をサポートする。
核心となるのは、複数の利用者と複数の車両との間で「多対多」の最適ルーティングと車割りを実現するアルゴリズムである。利用者の条件を満たしつつ、走行距離と業務時間の最短化を自動で算出する。
導入施設からは具体的な効果が報告されている。 送迎計画の作成時間は従来の4分の1に短縮 され、これまで特定の職員にしかできなかった計画作成を複数のスタッフが担えるようになった。
「送迎時間が正確になったことは、利用者からのクレーム激減につながっており、それは働くスタッフにもうれしい効果をもたらしている。送迎計画に無理が多いと、スタッフも遅れないようにと焦りながら運転するので、危険が増えます」
――導入事例 デイサービス北谷(セカンドラボ)
さらに、車両の稼働状況の見える化によって実際に稼働する車の数を減らすことができ、運行記録も自動化されるなど、現場の業務負担が多面的に軽減されている。
MaaSアワード大賞の受賞と「ゴイッショ」への進化
2020年6月、らくぴた送迎と福祉介護領域における共同送迎の取り組みが「 MaaSアワード2020」の最高賞となる大賞を受賞した。
「北欧フィンランド発祥のMaaSにおいて、軽自動車や軽トラックでの展開なども含め、日本ならではのMaaSビジネスに徹底的に取り組んでいる姿勢が高く評価された」
――MaaSアワード2020発表(Response, 2020年6月)
ダイハツは、個々の施設が個別に行う送迎を地域全体で束ねる「共同送迎」という次のステージにも挑んだ。2019年10月より香川県三豊市で検討を開始し、2020年11月の実証事業を経て、2022年春に福祉介護・共同送迎サービス「ゴイッショ」の全国展開を開始した。
全国36施設への大規模導入
2024年12月、ダイハツは全国規模で介護事業を展開する株式会社ヤマウチと「らくぴた送迎」導入契約を締結した。2024年5月からの3カ月間のトライアルで、1施設あたり約30時間/月の業務負担軽減と、走行距離短縮による月間29kgのCO2削減効果が確認された。
2025年4月から順次、ヤマウチが運営する 全国36の介護施設 への導入が始まる。この一斉導入施設数はダイハツとして最大規模となる。
2018年の発売から7年。らくぴた送迎は個別施設の業務効率化ツールから、地域の福祉インフラを支えるプラットフォームへと進化を続けている。
この事例から学べること
第一に、本業の「周辺課題」に新規事業の種があるという点である。 ダイハツは自動車メーカーだが、クルマを売る先の「使われ方」に着目し、送迎業務という介護現場の課題を発見した。自社製品の顧客接点から得られる一次情報は、新規事業の着想源として非常に強力である。
第二に、段階的な事業拡張モデルの有効性である。 らくぴた送迎(個別施設のDX)からゴイッショ(地域の共同送迎)へ、さらにヤマウチとの大規模導入へ。ひとつの事業で得た知見と信頼を土台にして、事業領域を隣接分野に拡大する戦略が機能している。
第三に、自治体との協業による社会実装の加速である。 三豊市との共同送迎の実証は、他の自治体にも展開可能な汎用モデルを生み出した。B2Gの実績がB2Bの信頼獲得にもつながる好循環が生まれている。


