「書く・描く」の価値をどう届けるか ― 文具メーカーの構造的課題
筆記具市場は成熟市場である。デジタル化の波を受け、手書きの機会が減少するなかで、文具メーカーには「書く・描く行為そのものの価値を再定義する」という根源的な問いが突きつけられている。
三菱鉛筆は1925年の創業以来、uni(ユニ)やJETSTREAM(ジェットストリーム)をはじめとする筆記具で知られる老舗メーカーである。社是に「最高の品質こそ 最大のサービス」を掲げ、BtoB・BtoCの製品販売を主力としてきた。
しかし、文具メーカーのビジネスモデルには構造的な課題がある。製品は小売店を通じて販売されるため、エンドユーザーとの直接的な接点が限られる。「誰が、どのような場面で、どう使っているのか」というユーザーインサイトを得にくい構造なのである。
新規事業の「3つのテーマ」から生まれたサービス
三菱鉛筆は、今後の新たな柱となり得る事業の創出に向けて、3つのテーマを設定した。「筆記具事業と親和性のある事業」「デジタル技術を利用した事業」「お客様と直接つながりのある事業」である。
この3テーマを満たす事業として2021年6月1日に運用を開始したのが、キット付きオンラインレッスン「Lakit(ラキット)」である。
「『Lakit(ラキット)』は、これまで三菱鉛筆が培ってきた幅広いカテゴリーの筆記具、講師であるクリエイターの感性、デジタル技術の3要素を組み合わせた当社として新しいサービスです」
――三菱鉛筆初のオンラインレッスン配信サービス『Lakit(ラキット)』運用開始(PR TIMES, 2021年7月)
Lakitは、オンデマンド型のレッスン動画配信サービスである。マンダラアート、チョークアート、ハンドレタリングなど 「書く・描く」に特化したクリエイティブレッスン を提供し、希望者にはレッスンで使用する道具をキットとして自宅に届ける仕組みをとっている。
コロナ禍の「おうち時間」を捉えた事業設計
Lakitの開発背景には、新型コロナウイルスの流行による生活様式の変化がある。外出自粛が続くなかで「おうち時間をより充実させたい」という消費者意識の高まりを、三菱鉛筆は新規事業の好機と捉えた。
レッスンは45〜70分で完結する設計とし、「とりあえず何か始めたい」「ゆるく、だけど何か新しいこと学びたい」という層をターゲットにした。スキルアップを目的とする既存のオンライン学習サービスとは異なり、「書く・描くそのものを楽しむ」ことにフォーカスしている点が独自のポジショニングである。
レッスンコンテンツは、SNSで人気のクリエイターと共同で企画・制作されている。使用する道具もクリエイターが選定しており、三菱鉛筆の製品に限定されない。この「自社製品の販売」にこだわらない姿勢が、コンテンツの質と多様性を担保している。
初月目標125%達成 ― そして定期便モデルへ
サービス開始から30日時点で、レッスン販売数量は当初目標の125%を達成した。2021年7月の売上は計画の4割増で着地している。
「三菱鉛筆が文具付き『オンラインレッスン』開始 計画の4割増」
――三菱鉛筆が文具付きオンラインレッスン開始(日経クロストレンド, 2021年)
その後、Lakitは 月額2,970円(税・送料込み) の「Lakit定期便」も開始した。毎月1つのレッスンと道具が届くサブスクリプションモデルであり、単発購入に加えて継続課金の収益基盤を構築する動きである。
レッスン単体は、キット付きで3,850円、キットなしで2,200円という価格帯に設定されている。BtoCで直接課金するモデルは、卸売中心だった三菱鉛筆にとってまったく新しい収益構造である。
この事例から学べること
Lakitの事例は、成熟市場におけるメーカーの新規事業開発に3つの示唆を与えている。
第一に、「顧客接点の再設計」が新規事業の起点になるという点である。 三菱鉛筆が設定した3テーマのうち「お客様と直接つながりのある事業」は、製品販売型のメーカーが共通して抱える課題への回答である。Lakitを通じてエンドユーザーの行動データや嗜好を直接把握できるようになったことは、製品開発へのフィードバックループとしても機能する。
第二に、「自社製品にこだわらない」設計がコンテンツの価値を高めたことである。 レッスンで使う道具は三菱鉛筆の製品に限定されていない。この判断は短期的な売上機会を手放す決断であるが、結果としてクリエイターの自由度とレッスンの質を担保し、ユーザーの信頼獲得につながっている。
第三に、コロナ禍という外部環境の変化を、スピーディに事業機会へ転換した実行力である。 巣ごもり需要は一過性のトレンドである可能性もあったが、三菱鉛筆は定期便モデルの導入により継続的な関係構築へとシフトし、一過性のブームに依存しない事業基盤を模索している。


