課題・背景:自動車購入の「見えない不確実性」
自動車は人生における高額購買の一つでありながら、購入前の試乗体験は構造的に制限されてきた。従来の試乗モデルは、単一ディーラーの敷地内で30分〜1時間程度の試乗に限定される。複数メーカーを比較したい場合、消費者は複数のディーラーに個別に赴き、それぞれ時間を調整しなければならない。
この構造の問題は、試乗体験が「ディーラー側の動線・時間軸」で設計されている点にある。購入候補の車を自分の日常生活の文脈(通勤路・週末の旅行・家族との乗車)で試すことは、ほぼ不可能だ。購入後に「思っていたものと違う」という後悔が生じやすい購買体験が構造として温存されてきた。
保険業界の視点でも、自動車購入体験の改善は保険商品との親和性が高く、顧客接点のデジタル化・多様化が求められていた。東京海上日動はこの課題を事業機会として捉え、スピンアウトという形で外部市場への参入を判断した。
取り組みの経緯:スピンアウトという選択
Carjanyは2024年2月、東京海上日動火災保険から独立したスピンアウト企業として設立された。代表取締役の渡邊裕太氏は東京海上日動での在籍中に本事業を構想し、経済産業省の「出向起業モデル」を適用して外部で事業法人を設立した。
出向起業モデルは、大企業の従業員が在籍したまま外部に新会社を設立し、独立した事業開発を行えるスキームである。Carjanyはこのモデルの適用事例として、大企業リソースを活用しながら独自の経営判断ができる体制を構築した。
設立当初から東京海上日動が出資者として関与し、同社の全国ビジネスネットワーク・顧客基盤・信頼性を活用できる関係を維持しつつ、スタートアップとしての機動的な意思決定を可能にする組織設計を採用している。
サービス・事業の仕組み:複数メーカー最大7日間の試乗体験
サービスの核心設計
Carjanyの中核サービスは、複数メーカーの車を最大7日間、プライベートな環境で試乗できる体験モデルだ。ディーラーの営業時間・場所・担当者に縛られず、日常生活の中で購入候補車を本格的に使用できる。
この設計が生む価値は明確で、「購入後の後悔確率を大幅に下げること」にある。30分の短時間試乗では分からない、高速道路での安定性・狭い駐車場での扱いやすさ・家族の反応などを、実際の生活文脈で検証できる。
「クルマ選びを らしく、楽しく、スマートに」
―― 株式会社Carjany ミッションステートメント(公式サイト)
拠点展開戦略
2024〜2025年は関東4都県(東京・神奈川・千葉・埼玉)でサービスを展開し、モデルの検証を行った。2026年からは大阪・京都・兵庫・奈良の関西4府県に展開し、関西17拠点を設置する計画だ。
拠点展開において、イオンモール全国ショッピングモール網との連携が機能する。全国主要都市にイオンモールが存在することで、スタートアップ単体では困難な地方への迅速な拠点展開を実現できる構造だ。東京海上日動の全国ビジネスネットワークも営業・パートナー開拓に活用される。
シリーズA 4億円の資金調達
2025年12月、東京海上日動火災保険(2億円)とLife Design Fund投資事業有限責任組合(イオンモール株式会社とイグニション・ポイント ベンチャーパートナーズ株式会社による共同運営、2億円)から計4億円のシリーズA調達を完了した。
調達資金は全国展開の加速に充当される。両投資家が持つ全国ネットワークを出資関係で強化し、自動車販売業界パートナーとの協業深化とユーザー向けサービス提供スポットの拡大を推進する。
成果と現状:第3回 日本新規事業大賞 オーディエンス賞
2026年4月15日、第3回 日本新規事業大賞でオーディエンス賞を受賞した。オーディエンス賞は会場参加者の投票で決定するため、事業の分かりやすさ・共感度の高さが反映された結果だ。自動車購入体験という生活に直結するテーマと、課題解決の明確さが評価されたと考えられる。
設立から2年での4億円調達、関東から関西への展開加速と、スピンアウト型新規事業のロールモデルとして業界内での認知が高まっている。
この事例から学べること
第一に、スピンアウトは「大企業の資産」と「スタートアップの機動性」を両立させる有力な手段だ。 Carjanyは東京海上日動の全国ネットワーク・信頼性を活用しながら、独立した意思決定と外部資本調達を同時に実現した。完全な独立よりも、戦略的に親会社資産を活用できる構造が、初期フェーズの事業成長を加速させている。
第二に、体験設計の根本的な問いかけが差別化を生む。 「30分試乗」という業界慣行を疑い、「購入前に本当に必要な体験は何か」という問いに正面から答えることで、競合他社が容易に模倣できない価値提案を構築した。既存の業界慣行を当然視しない視点が新規事業のコア仮説になる。
第三に、出資者のネットワークをインフラとして活用する資本政策が事業成長を規定する。 東京海上日動とイオンモール系ファンドという組み合わせは、資金だけでなく全国展開のインフラをパッケージとして取り込む戦略的な選択だ。資金調達時に「誰から調達するか」が「いくら調達するか」と同等以上に重要になるケースがある。
関連項目
参考文献・出典
- PR TIMES「第3回 日本新規事業大賞 受賞結果発表」 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000823.000049627.html
- Carjany公式「シリーズA調達のお知らせ」 https://carjany.jp/2025/12/10/news/series-a-funding/