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用語集

両利きの経営

両利きの経営(Ambidextrous Organization) とは、既存事業の「深化(Exploitation)」と新規事業の「探索(Exploration)」を同時に追求する経営手法のことである。スタンフォード大学のチャールズ・オライリーとハーバード大学のマイケル・タッシュマンが提唱した理論であり、日本では同名の翻訳書がベストセラーとなった。

既存事業で安定的に利益を上げながら、将来の成長の柱となる新規事業を育てるという「二兎を追う」経営を実現するための組織設計論である。以下では、深化と探索の本質的な矛盾、日本企業における実践事例、組織として両利きを実現するための具体的な設計原則について解説する。


既存事業の成功体験が新規事業の芽を摘む

大企業の多くは、既存事業の効率化と最適化に長けている。 年間売上数千億円 を支える精緻なオペレーション、確立されたサプライチェーン、成熟した顧客基盤。これらを磨き続ける 「知の深化」 は企業の生命線である。

しかし、深化に注力するほど、組織は既存の成功パターンに最適化され、新しい事業機会を探索する能力が失われていく。

過去の成功体験が「こうすれば上手くいく」という暗黙の前提を組織全体に刷り込み、それとは異なるアプローチを排除する力学が働く。

クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」で指摘したように、優良企業ほどこの罠に陥りやすい。探索活動に必要な 失敗の許容、長い時間軸、 不確実性への投資 は、深化のマネジメントとは根本的に相容れない。

「探索チーム」が既存事業部に吸収されていく構造

ある大手電機メーカーでは、新規事業探索のための専任チームを設立した。しかし半年後、そのチームの活動は既存事業部の管理下に組み込まれた。 四半期ごとの収益レポート を求められ、既存事業と同じ承認プロセスを経由させられた。

チームメンバーは「探索」の名目で採用されたにもかかわらず、いつの間にか既存事業の延長線上の改善プロジェクトばかりを手がけるようになった。「既存顧客にすぐ売れるもの」を優先せざるを得ない圧力が常にかかっていたからである。

探索活動が深化の論理に飲み込まれるこの構造は、多くの日本企業で繰り返されている。

オライリーとタッシュマンが警告するように、 探索と深化を同じルールで運営 しようとすること自体が、失敗の根本原因である。

両利きを実現する3つの組織設計原則

両利きの経営を組織的に実現するためには、3つの設計原則が不可欠である。

第一に、 構造的な分離。探索を担うチームと深化を担う事業部門を、組織構造として明確に分離する。 人事評価、予算配分、意思決定プロセス をそれぞれ独立した体系で運用する。出島戦略はこの分離を実現するための代表的手法である。

第二に、経営層による統合。分離した探索チームと深化の事業部門を、経営トップレベルで戦略的に統合する。両者の間で技術や顧客基盤などのリソースを共有するインターフェースを設計し、分離と統合のバランスを取る。

第三に、 「探索のKPI」の設定。売上や利益率ではなく、仮説検証の数、顧客インタビューの件数、ピボットの回数など、探索活動に適した独自の評価指標を設定する。深化の基準で探索を評価してはならない。

深化と探索の比率を可視化する

両利きの経営の実践に向けて、まず自社の経営資源の配分を棚卸しすることを推奨する。人材、予算、経営陣の時間のうち、何パーセントが「深化」に、何パーセントが「探索」に割かれているかを可視化する。

多くの日本企業では、探索への配分が 全体の5%以下 に留まっている。オライリーとタッシュマンの研究では、探索に 15〜20%の経営資源 を配分する企業が長期的に高い成長を実現している。

ソニーSSAPパナソニックGame Changer Catapultは、探索のための専用リソースを確保した実践事例である。自社の現状の配分比率を把握した上で、具体的な目標値を設定しよう。

両利きの経営が特に求められる企業

両利きの経営が特に切迫した課題となるのは、以下のような企業・組織である。既存事業の売上が安定しているが、5年後・10年後の成長の柱が見えていない大企業。新規事業の社内提案制度はあるが、事業化率が低迷している組織。

破壊的イノベーションの脅威を認識しつつも、既存事業の最適化に資源が偏っている企業にとって、両利きの経営は経営戦略の根幹に関わるテーマである。

また、中期経営計画で 「新規事業比率30%」 といった目標を掲げながら、具体的な組織設計が追いついていない企業にも極めて有効なフレームワークである。

経営会議で「探索の議題」を設定しよう

両利きの経営への第一歩として、次回の経営会議で「探索活動の現状レビュー」を正式な議題に設定しよう。深化の議題が会議時間の大半を占める現状を変え、探索に関する報告と議論の時間を 最低30分確保 する。

次に、オライリーとタッシュマンの『両利きの経営』を経営チーム全員で読み、自社の組織構造を「深化」と「探索」の観点から診断する読書会を実施する。

社内ベンチャー制度や出島戦略の導入を含む具体的な組織設計を検討し、探索のための専任チームと独自のKPIを 3ヶ月以内に整備 することを目標に動き出そう。

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