「飽食の時代」が生んだ新しい社会課題
1958年、戦後の食糧不足を背景に「チキンラーメン」が誕生した。安価で手軽においしく食べられるインスタント食品は、日本の食文化を根底から変えた。
しかし半世紀以上が経過した現在、課題は正反対の方向にシフトしている。世界では20億人以上が過体重や肥満であり、その経済損失は2兆ドルを超えるとされる。一方で、過度なダイエットによる栄養不足も深刻化している。
「飽食による健康悪化」という現代型の課題に対し、日清食品は新たな成長戦略の柱として「おいしい完全栄養食」の開発に着手した。
「今は飽食の時代です。オーバーカロリーにより肥満を引き起こし、世界では20億人以上が過体重や肥満というデータがあるほど栄養過多の問題が顕在化しています」
――「完全メシ」って何? 普通のラ王やカレーメシとの違い(Impress Watch, 2022年6月)
Beyond Instant Foods ― インスタントを超える宣言
2015年に代表取締役社長に就任した安藤徳隆は「Beyond Instant Foods」というスローガンを掲げ、インスタント食品の枠を超えた新規事業の構想を打ち出した。
2019年10月には「Beyond Instant Foods Lab」プロジェクトを始動。フードサイエンスとの共創による「未来の食」を成長戦略の中核に位置づけた。その第一弾となったのが、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」で設定された 33種類の栄養素 をバランスよく摂取できる完全栄養食ブランド「完全メシ」である。
2022年5月にオンラインストアで販売を開始し、同年8月からはコンビニエンスストアやスーパーマーケットでの店頭販売も開始した。
「栄養とおいしさのバランスが完全であることを、『完全メシ』というブランド名で表現しました。栄養素を摂取できる食品は色々と販売されていますが、『味はイマイチ』というイメージをお持ちの方が多いと思います。そこで我々はおいしさと栄養バランスが整った食品を目指し、開発を進めた」
――「完全メシ」って何? 普通のラ王やカレーメシとの違い(Impress Watch, 2022年6月)
即席麺で培った技術資産の転用
完全メシの開発スピードを支えたのは、日清食品が60年以上にわたって蓄積してきた食品加工技術である。
33種類の栄養素 を配合しながら「おいしさ」を維持するには、ビタミンやミネラルの苦味・えぐみを抑制し、加工中の栄養素の劣化を防ぐ高度な技術が必要となる。日清食品は即席麺の開発で培った独自のフリーズドライ技術や味覚制御技術を応用することで、短期間での商品化を実現した。
ラインナップは「日清ラ王」「カレーメシ」「U.F.O.」といった既存の人気ブランドの完全栄養バージョンから、冷凍弁当「完全メシ DELI」、さらにはグミやスムージーまで広がり、 約60カテゴリー、200以上のメニュー を展開している。
管理栄養士の9割が推薦するという評価も獲得し、臨床試験では被験者の体重・体脂肪率・BMIの改善効果も確認された。
累計5,000万食突破と100億円ブランドへの道筋
発売から約2年で 累計出荷数4,000万食 を突破した完全メシは、2024年度の売上高が 約70億円に到達。ブランド認知度は50%を超え、2025年度には 100億円ブランドの達成 が見込まれている。
「約3年で100億円ブランドに成長へ」
――約3年で100億円ブランドに成長へ 日清食品「完全メシ」展開を強化(AdverTimes, 2025年3月)
販路も多角化が進んでいる。2024年5月には法人向けサービス「完全メシスタンド」を開始し、オフィスに冷凍ショーケースを設置する社食ソリューションとして明治安田生命などの大企業が導入した。
2025年1月には、ジャパネットたかたとの共同開発で50歳以上をターゲットにした「冷凍 完全メシ プレミアムサポート」シリーズを発売。日本最適化栄養食協会から初の「最適化栄養食」認証を取得し、シニア市場への本格参入を開始した。
さらに、Preferred Networksとの共同でAIによる栄養素と健康状態の関係解析技術の開発も進めており、食のパーソナライズ化を見据えた長期戦略も描かれている。
この事例から学べること
完全メシの事例は、大企業が持つ既存資産を活かした新規事業開発のモデルケースである。
第一に、既存技術の「水平展開」による開発スピードの確保である。 60年以上にわたる即席麺開発で培った味覚制御技術や加工技術を完全栄養食に転用することで、ゼロからの技術開発が不要となった。自社のコア技術を別の市場課題に適用する「技術ドリブンの新規事業」の好例である。
第二に、既存ブランド資産を活用した市場浸透戦略である。「ラ王」「カレーメシ」「U.F.O.」といった既存ブランドの完全栄養バージョンを展開することで、消費者の認知と信頼のハードルを下げた。全く新しいブランドを一から立ち上げるのではなく、既存の顧客接点を活かすアプローチは、大企業ならではの戦略である。
第三に、社会課題を起点とした長期ビジョンの設定である。「飽食による健康悪化」という社会課題を出発点とし、完全栄養食の普及からパーソナルヘルスレコードのプラットフォーム化まで、段階的な成長ロードマップを描いている。短期的な売上目標と長期的な社会インパクトの両立を意識した事業設計が、経営層のコミットメントを引き出す要因となっている。


