「空の移動革命」という未踏の領域
日本の空のインフラを牽引するメガキャリアである日本航空株式会社(JAL)が推進する、中長期的な一大イノベーション・プロジェクトが 「次世代エアモビリティ事業」 である。
既存の「大型航空機による都市間の長距離大量輸送」という成熟した事業モデルから一歩踏み出し、ドローンや「空飛ぶクルマ(電動垂直離着陸機:eVTOL)」を用いて、 「地域内の短〜中距離のパーソナルな移動や物流」 という新しい空の社会インフラを築くことを目的としている。
「エアモビリティ創造部(佐久間嶺央らが所属)」が中心となり、2025年以降の社会実装を目指して活動を進めている。
「自社で機体を作らない」プラットフォーマー戦略
この事業の最大の特徴は、 「自社で機体を作らない(プラットフォーマーに徹する)」 という点にある。
JALは、機体開発そのものは独Volocopter社等の海外スタートアップや国内の機体メーカーに委ねる一方、メガキャリアとして70年にわたり培ってきた 「安全運航管理のノウハウ」「整備技術」「パイロットのトレーニング体制」「ブランドの信頼」 を最大の強みとして提供している。
「空路の確保や運航管理は、地上とは比較にならないほど高度な安全性と技術が求められる。JALはその知見を『空のMaaSプラットフォーム』として社会に実装する」
――JALエアモビリティ事業の取り組み(JAL公式サイト)
具体的には、以下のような取り組みを推進している。
- ドローンによる医療・物流実証: 過疎地や離島において、自治体と協力し、医薬品や日用品をドローンで定期搬送する実証実験を反復。
- 空飛ぶクルマの運航スキーム構築: 2025年の大阪・関西万博を見据え、エアタクシーの離着陸ポート網の整備や、予約・運航を一元管理するプラットフォームの構築を推進。
離島の社会課題解決から事業化へ
既に複数の離島(長崎県や鹿児島県など)において、 レベル4飛行(有人地帯における目視外飛行) を視野に入れたドローンでの医薬品配送などの実証試験を重ねており、「空を通じた地方の社会課題解決(買い物難民・医師不足)」の有効性を社会的ファクトとして提示しつつある。
今後は、単なる実験フェーズから 「事業としての収益化」フェーズへと移行 していく。空飛ぶクルマの商用運航の実現に向け、法整備を進める国交省などの行政機関や、地上交通網を担う鉄道・タクシー会社、さらには観光地など、あらゆるステークホルダーを巻き込んだオープンイノベーションが求められている。
この事例から学べること
JALの次世代エアモビリティ事業は、大企業が新領域に参入する際の「アセット活用型イノベーション」の好例である。
第一に、「自社の強みを正しく定義し、プラットフォーマーに徹する」という戦略の有効性である。 JALは機体開発には手を出さず、70年の安全運航ノウハウという代替不可能なアセットに集中している。新規事業において「何をやらないか」を決めることは、「何をやるか」以上に重要な意思決定である。
第二に、「社会課題起点のアプローチ」が規制産業での事業化を後押しする点である。 離島の医療・物流という切実な社会課題から実証を始めることで、行政の理解と協力を獲得しやすくなった。規制の壁が高い領域では、技術起点ではなく課題起点で入ることが突破口となる。
第三に、「エコシステム構築力」が未来のインフラを左右する点である。 JALは空の上の移動手段提供にとどまらず、街づくり(スマートシティ)そのものを空から統合する「総合モビリティ・プラットフォーマー」への変革を目指している。多様なステークホルダーとの共創なくして、社会インフラの構築は成し遂げられない。


