百貨店業界が直面する「大量生産・大量廃棄」からの転換
百貨店業界は、ファッション産業の大量生産・大量消費と共に成長してきた。しかし、その裏側にある大量廃棄という環境問題は深刻さを増している。日本国内では 年間約48万トンの衣料品が廃棄 されており、ファッション産業は世界第2位の環境汚染産業とも指摘されている。
同時に、百貨店自体のビジネスモデルも転換期を迎えていた。ECの台頭により来店客数は減少し、若年層の百貨店離れが進む。「売場に来てもらい、商品を買ってもらう」という従来モデルだけでは成長が見込めない時代に入っていた。
この二重の課題に対し、大丸松坂屋百貨店の社内から画期的な提案が生まれた。ファッションを「買う」のではなく「借りる」サブスクリプションサービス、AnotherADdress(アナザーアドレス)である。
社内起業家・田端竜也が切り拓いた新領域
AnotherADdressの立ち上げを主導したのは、2011年入社の田端竜也である。百貨店業界初となるファッションサブスクリプションの構想は、社内ベンチャー制度を通じて事業化が承認された。
「数十年前、百貨店業界が『ECでファッションを売れるはずがない』と否定した結果が今にある」
――大丸松坂屋「DXで百貨店は宝の山に化ける」(WWDJAPAN, 2023年)
田端はこの過去の失敗を繰り返さないために、サブスクリプションという新しい消費スタイルに挑んだ。2021年3月12日にサービスを正式ローンチ。当初の会員目標は1,000人だったが、サービス開始後の申し込みは想定を大きく上回り、初年度で7,000人以上の会員を獲得した。
事業コンセプトは「Fashion New Life」。クリエイティブな服が持つ「人を元気に、愉しくする力」と、「環境や社会にとって持続可能な生活スタイル」の融合を掲げている。
マルニもマルジェラも月額11,880円 ― 百貨店だからこそのブランド力
AnotherADdressの最大の差別化要因は、百貨店のバイイング力を活かした高級ブランドのラインナップにある。
スタンダードプランは 月額11,880円(税込) で毎月3着をレンタルできる。MARNI(マルニ)、Maison Margiela(メゾン マルジェラ)、3.1 Phillip Lim(3.1フィリップ リム)など、通常であれば1着で数万円から十万円以上するデザイナーズブランドを気軽に試すことができる。
「日本のファッションレンタル市場にある『価格志向、スタイリストによる利便性追求』ではなく、海外で大きなマーケットとなりつつある『洗練されたブランドラインナップ、お客様自身が今着たいものを選択できる自由さ』で、ファッションをサブスクライブする体験を創造する」
――百貨店初のファッションサブスクサービス「AnotherADdress」(大丸松坂屋百貨店 プレスリリース, 2021年3月)
既存のファッションレンタルサービスの多くは、AIやスタイリストが服を選ぶ「おまかせ型」を採用していたが、AnotherADdressは利用者自身が好きなアイテムを選べる「セルフセレクト型」とした。この設計は、ファッションを楽しむ行為そのものを価値として提供するという百貨店らしい発想に基づいている。
4年で会員37万人・ブランド450超への急成長
サービス開始から4年間の成長は目覚ましい。
ローンチ時に50ブランドだった取扱数は、2022年の1周年で約100ブランドに倍増。その後もウィメンズからメンズへの拡大(2023年3月)、現代アートの取扱開始(2023年9月)と領域を広げ、2025年3月の4周年時点で 取扱ブランド数は428 に到達した。2025年秋にはさらに11ブランドが加わり、450を超えるブランドを擁するプラットフォームに成長している。
会員数も着実に伸び続け、2025年12月時点で 約37万人 に達した。登録者の中心は40代の働く女性層で、「レンタルだからこそ普段着ない服に挑戦できる」という心理が利用の動機となっている。
「黒などのベーシックなものではなく、花柄だったり、色別でもオレンジが一番動きが良い。レンタルだからこそ普段着ない服に”挑戦”できるという心理もあると思う」
――百貨店業界初のファッションサブスク、ブランド数を2倍に拡充(FASHIONSNAP.COM, 2022年2月)
2024年には独立した事業部門として組織化され、田端が担当部長に就任。2025年からは「顧客拡大期」と位置づけ、 2027年度までの営業黒字化 を目標に掲げている。2026年2月には初のリアル店舗「AnotherADdress TOKYO」を期間限定でオープンし、オンラインとオフラインを融合させたOMO(Online Merge Offline)戦略も始動した。
サステナビリティを事業の中核に据える
AnotherADdressの事業モデルそのものが、サステナビリティへの貢献を内包している。服を「所有」するのではなく「共有」することで、1人あたり年間約250kgのCO2排出削減効果があるとされる。
東京藝術大学の環境改善プロジェクト「藝大Hedge」との連携では、利用者がファッションを楽しむことが植樹活動の支援につながるプログラムを実施。三菱ケミカルとの協業では、天然木材由来のトリアセテート繊維を活用した「森を纏い、森を育む」企画を展開している。
「環境改善プロジェクト”藝大Hedge”を進める東京藝術大学、トリアセテートを世界で唯一生産する三菱ケミカル社と連携し、“森を纏い、森を育む”をテーマにしたプログラムを始動する」
――ファッションサブスク「アナザーアドレス」サービス開始4周年(大丸松坂屋百貨店 プレスリリース, 2025年3月)
クリーニングでは環境に配慮した洗剤を推奨する「洗濯ブラザーズ」と提携し、梱包資材にはリサイクル比率の高い素材を使用。ハンガーは洗浄・殺菌処理を経て再利用するなど、オペレーション全体にサステナビリティの思想を組み込んでいる。
この事例から学べること
第一に、「所有から利用へ」の消費変革を事業機会に転換した点である。 百貨店は「モノを売る」ビジネスモデルに依存してきたが、AnotherADdressは「体験を売る」モデルへの転換に成功した。既存のビジネスモデルの前提を疑い、消費者行動の変化をいち早く捉えることが新規事業の起点となる。
第二に、既存アセットの「再定義」による競争優位の構築である。 百貨店が長年培ってきたブランドとの信頼関係やバイイング力は、サブスクリプションモデルにおいても強力な参入障壁となった。50ブランドから450ブランドへの急拡大は、百貨店のネットワーク資産なしには実現し得なかった。
第三に、サステナビリティを「マーケティング」ではなく「事業モデル」に組み込んだことである。 レンタルという仕組み自体がサステナブルであり、CSR活動として別途予算を割く必要がない。事業の成長がそのまま環境貢献につながる構造は、ステークホルダーからの支持を集めやすく、長期的な事業継続の基盤となっている。


