「自分のニオイがわからない」という普遍的な悩み
職場における「スメルハラスメント」が社会的に認知され始めた2010年代後半、ニオイに関する悩みは多くのビジネスパーソンにとって切実な問題となっていた。
独自のアンケート調査によれば、年齢性別を問わず約7割の人が「自分のニオイが気になる」と回答している。しかし、体臭は自分では気づきにくい。人間の嗅覚には「同じニオイの中に居続けると感じなくなる」という疲労性があり、対策をしているつもりでも効果を確認する手段がなかったのである。
一方で、他者のニオイを指摘することは極めてデリケートな問題であり、本人が気づかないまま周囲が我慢するという構図が生まれやすい。このように、ニオイの問題は「検知できない」「指摘しにくい」という二重の課題を抱えていた。
雑談から始まったプロジェクト ― BIC Japanの挑戦
Kunkun bodyの開発は、コニカミノルタのイノベーション拠点「BIC(Business Innovation Center)Japan」のメンバー間の雑談がきっかけであった。暑い季節に自分の汗のニオイが気になるという話題から、「ニオイを測定できる機器はないのか」と調査を開始した。
「市場を調べてみると、タバコやペットのニオイ、洗濯物の生乾き臭などを『対策』するための製品はあふれていたが、当時は『人が不快になるニオイを測る機械が存在していない』ことに気付いた」
――世界初ニオイ見える化チェッカー Kunkun bodyの開発秘話(CNET Japan, 2019年)
既存のニオイセンサーはニオイの強弱のみを検知するものであり、体臭の「種類」を嗅ぎ分ける技術は存在しなかった。コニカミノルタは大阪工業大学の研究チームと共同で、4種類のセンサーと機械学習を組み合わせた独自技術を開発し、「汗臭」「ミドル脂臭」「加齢臭」の3種類を識別するデバイスの試作に成功した。
クラウドファンディングで1,800台出荷
2017年7月、コニカミノルタはクラウドファンディングサイト「Makuake」でKunkun bodyの先行販売を開始した。当初の想定は「100台くらい売れればいい」というものであったが、結果として 約1,800台を出荷 する反響を得た。
2018年1月には一般販売を開始し、 価格は3万円 に設定された。デバイスは頭、耳の後ろ、ワキ、足の4か所の体臭を約20秒で計測し、専用スマートフォンアプリとBluetooth連携して結果を表示する仕組みである。
「2年前に実施したクラウドファンディングでは、もともと『100台くらい売れればいい』としていたところ約1800台を出荷したものの、単価が2〜3万円の商品なので売り上げとしては5000万円にも満たない。コニカミノルタの売り上げにすれば相対的には小さな数字だ」
――コニカミノルタ Kunkun bodyの事業展開(日経BP Beyond Health, 2019年)
タクシー事業者との実証実験や、接客業向けBtoB展開の検討など、用途拡大の試みも行われた。2020年6月には歯周病由来のニオイを判別できる「Kunkun dental」も発売し、事業領域の拡張を図っている。
2021年販売終了、2022年サービス終了
しかし、Kunkun bodyの事業は持続的な成長には至らなかった。
2021年1月29日、コニカミノルタはKunkun body本体の販売終了を発表した。さらに 2022年9月30日にはクラウドサービスも終了 し、事業としての幕を閉じた。
コニカミノルタは、Kunkun bodyで蓄積したニオイ嗅ぎ分け技術を 法人向け「Kunkun X」 として継続する方針を示しており、BtoC製品としては撤退したものの、技術資産自体は次の事業に引き継がれている。
「体臭だけでなく、食べ物や密閉空間の匂い検出、麻薬犬の代替といった領域にまで広げることで売り上げの最大化を図る」
――コニカミノルタ Kunkun bodyの事業展開(日経BP Beyond Health, 2019年)
この事例から学べること
Kunkun bodyの事例は、大企業発の新規事業における「市場規模の見極め」と「ピボットの判断」について重要な示唆を含んでいる。
第一に、「技術的ユニークネス」と「市場の大きさ」は別問題であるという点である。 Kunkun bodyは「ニオイの種類を嗅ぎ分ける世界初のデバイス」という明確な技術優位性を持っていた。しかし、体臭チェックという用途では、3万円のデバイスを繰り返し購入するリピート需要が限定的であった。約1,800台・5,000万円弱という初期売上は、コニカミノルタの事業規模に対してインパクトが小さく、事業としての持続性を確保できなかった。
第二に、BtoC単体での収益化が難しい場合、早期にBtoBへのピボットを検討する重要性である。 Kunkun bodyはタクシー事業者との実証実験や接客業向け展開も試みたが、BtoC製品の延長線上での模索に時間を費やした面がある。BtoBでの「業務用ニオイセンサー」という方向性にもっと早く舵を切っていれば、事業の軌跡は異なっていた可能性がある。
第三に、「撤退」は失敗ではなく、技術資産を次に活かす戦略的判断でもあるという点である。 コニカミノルタはKunkun bodyのサービスを終了したが、蓄積したニオイデータと嗅ぎ分け技術は法人向け事業に引き継がれた。新規事業における撤退判断と技術の継承は、大企業のイノベーションマネジメントにおいて重要なテーマである。


