課題・背景
PMS(月経前症候群)や更年期症状など、 女性特有の心身のゆらぎ に悩む人は非常に多い。日本産科婦人科学会によれば、月経のある女性の約70〜80%がなんらかの月経前症状を経験しているとされる。
しかし、こうした不調への対処法は個人差が大きく、「何が自分に合うのかわからない」という課題がある。ドラッグストアやECサイトには無数のセルフケア商品が並ぶが、 自分に合ったセルフケアを見つけるプロセス自体が負担 になっている現状がある。
さらに、月経やPMSに関する話題は日本ではまだオープンに語りにくい雰囲気があり、 同じ悩みを持つ人と情報交換する場 も限られている。孤独にセルフケアを模索する女性が多いなか、信頼できるプロダクトの紹介とコミュニティの提供が求められていた。
なぜこの企業が取り組んだか
味の素は2020年に社内起業家公募プログラム 「A-STARTERS」 を発足させた。全従業員を対象に新規事業アイデアを募り、採択されればそのまま責任者として事業を推進できるプログラムである。初年度は 133件のアイデアが集まった。
LaboMeを起案したのは、当時 入社4年目の営業職 だった橋麻依子氏である。橋氏自身がPMSに悩んでおり、「自分に合うセルフケアがなかなか見つからない」という個人的な課題を事業アイデアに昇華させた。当事者ならではの課題理解の深さが評価され、A-STARTERS事業化第1号案件 に採択された。
味の素にとっても、食とウェルビーイングの領域は本業との親和性が高い。アミノ酸研究をはじめとする科学的知見を持つ研究所の従業員が「LaboMe研究員」として参画し、企業の研究リソースを新規事業に活かす形が実現した。
「自身のPMSをきっかけにコミュニティ事業を立ち上げ、味の素『LaboMe』代表・橋麻依子さん」
――自身のPMSをきっかけにコミュニティ事業を立ち上げ(Paranavi)
サービスの仕組み・差別化
LaboMe(ラボミー)は、 サブスクリプション型のプロダクト&コミュニティサービス である。毎月設定されたテーマに沿って、味の素の研究員が厳選したセルフケアプロダクトが届く。
テーマは6つの切り口で構成されている。 食(EatWell)、休息(MeTime)、美容(BeautyMe)、運動(BodyFlow)、温める(Warm)、つながり(ForUs)。月替わりのテーマに基づき、ハーブティーやアロマ、入浴剤など、多様なジャンルからセルフケア商品がキュレーションされる。
LaboMeの差別化ポイントは プロダクトとコミュニティの掛け合わせ にある。単に商品を届けるだけでなく、会員同士がセルフケア情報を共有・交換できるコミュニティ機能を提供。オフラインイベントも定期的に開催し、「同じ悩みを持つ人とつながれる」体験が継続率の向上に寄与している。
成長・成果
LaboMeは 2023年8月に正式リリース された。A-STARTERSでの採択から約3年間の事業検証を経ての市場投入である。この3年間で、サービスのコンセプトは大きく進化した。
当初は「女性特有のゆらぎを解消する」というアプローチだったが、ユーザーインタビューを重ねるなかで、 「ゆらぎと共に生きるセルフケア」 へとコンセプトをピボットした。「不調を治す」のではなく「自分らしいケアを見つける」という方向転換が、ユーザーの共感を生んだ。
会員からは「同じ悩みを持つ人とつながれて安心した」「自分に合うセルフケアの方法が見つかった」といった声が寄せられている。セルフケアプロダクトが 日常の新しい習慣 として定着するという好循環が生まれつつある。
「当時入社4年目の営業職だった橋麻依子氏が、2020年に始まったA-STARTERSに応募し、事業化第1号案件に採択されたことで誕生しました」
――味の素・女性向けサブスク「LaboMe」が直面した新規事業「2つの谷」(Incubation Inside)
展開・進化
LaboMeは味の素史上初の社内起業プログラム発の事業として、社内での注目度も高い。A-STARTERSの成功事例として、後続の社内起業家たちのロールモデルとなっている。
今後はセルフケアの対象領域の拡大やコミュニティ機能の強化に加え、味の素グループの研究開発力を活かしたオリジナルプロダクトの開発も視野に入れている。「食品メーカーならではのウェルビーイング事業」という独自のポジションを確立しつつある。
この事例から学べること
第一に、当事者課題こそが最も強い事業の起点であるという点である。 橋氏が自身のPMSの悩みから出発したことで、表面的なニーズではなく本質的な課題を捉えることができた。新規事業のアイデア募集において、「自分が本当に困っていること」を起点にする提案を奨励する仕組みは有効である。
第二に、3年間の事業検証でコンセプトを磨き上げる忍耐力の重要性である。 LaboMeは採択から正式リリースまで3年を要したが、その間にコンセプトを「不調の解消」から「ゆらぎとの共生」へとピボットした。この変化はユーザーとの対話なしには生まれなかったものであり、「死の谷」を越えるには時間と忍耐が必要である。
第三に、プロダクトとコミュニティの組み合わせが新しい価値を生むという点である。 物販のみのサブスクは解約率が課題になりやすいが、LaboMeは同じ悩みを持つ人同士のつながりを提供することで、サービスの継続率と顧客体験の両方を向上させている。コミュニティは顧客のインサイトを継続的に得る場としても機能する。


