パナソニックの「お蔵入り技術」から生まれた挑戦
「 ミツバチプロダクツ 」は、パナソニックのスタートアップ支援会社「 BeeEdge 」の第1号案件として2018年に設立された、調理機器を通じた新たな食文化の創造を目指す企業である。
パナソニック社内には、高い技術力を持ちながらも既存の事業領域との整合性が取れずに事業化を断念した「お蔵入り」のテーマが複数存在していた。その一つが、業務用スチーム技術を応用したチョコレートドリンクメーカーの構想であった。通常の社内プロセスでは「売上規模が小さい」「既存カテゴリに合わない」と判断されてしまう案件だが、その技術的ポテンシャルは高く、特定市場では十分な競争力を持つと見込まれていた。
BeeEdgeという「出島」の設計
2018年3月、パナソニック アプライアンス社と米国のベンチャーキャピタルScrum Venturesは共同出資により「 BeeEdge株式会社 」を設立した。その目的は明確で、大企業の既存の意思決定プロセスでは事業化が困難なテーマを、 社外のスタートアップとして切り出し、迅速に市場投入する ための仕組みづくりである。
BeeEdgeの設計思想には2つの重要な特徴がある。第一に、パナソニックの知的財産や技術はライセンスとして提供するが、新会社の資本にパナソニック本体は直接入らない。第二に、事業を率いる人材は「その事業に対する圧倒的な情熱」を持つ社員を社内公募し、休職して起業する形を取る。これにより、大企業のガバナンスとスタートアップの俊敏性を両立させた。
ホットチョコレートマシン「インフィニミックス」
ミツバチプロダクツの最初の製品は、世界初となるスチーム式ホットチョコレートマシン「 インフィニミックス(∞ミックス) 」である。パナソニックが保有するスチーム調理技術を応用し、カカオ豆から直接チョコレートドリンクを抽出するという革新的な製品であった。
代表の 浦はつみ は、パナソニックを休職してミツバチプロダクツの経営に挑んだ。出資構成はBeeEdgeが83%、浦氏個人が17%という比率で、パナソニック本体からの直接出資はない。価格は1台25万円(税別)の業務用機器で、2018年11月に受注を開始し、2019年3月に初出荷を迎えた。カフェ、レストラン、ホテルなど飲食業界を主要ターゲットとし、初年度の販売目標は400台であった。
成果と現状
ミツバチプロダクツはBeeEdgeの仕組みが機能することを実証した第1号案件として、パナソニックの新規事業戦略において象徴的な位置づけにある。同社の事業モデルは、パナソニックが2019年に「日本オープンイノベーション大賞」を受賞する際の重要な実績として評価された。
その後、ミツバチプロダクツは美容・健康関連事業を展開する東宝ホールディングスとの業務提携など、事業領域の拡大を進めている。BeeEdgeモデル自体も、パナソニック内で複数の後続案件を生み出す触媒となった。
この事例から学べること
第一に、「お蔵入り技術」の再活用という発想転換である。 大企業には、基準に満たないとして眠っている技術資産が数多く存在する。それらを社外に出し、異なる事業基準(スタートアップの成長ロジック)で評価し直すことで、死蔵資産が価値ある事業に変わり得る。ミツバチプロダクツは、大企業の「捨てる技術」が実は宝の山であることを証明した。
第二に、「情熱駆動型」の人材選抜モデルである。 BeeEdgeが起業家に求めたのは、事業計画の精緻さよりも「その事業をやりたい」という圧倒的な情熱であった。大企業の社内起業制度は「稟議の通る事業計画」を求めがちだが、不確実性の高い新事業では、計画よりも起業家個人の執着心こそが成功の鍵となる。
第三に、大企業×外部VCの「ハイブリッド資本」戦略である。 パナソニック本体の出資を入れず、シリコンバレーのVCとの共同出資体制を取ったことで、大企業の重厚な意思決定プロセスから解放された。技術は大企業から、経営の自由度は外部資本から。この設計がスタートアップの機動力を生んだ。


