素材メーカーの「黒子」からの脱却
「MOONRAKERS(ムーンレイカーズ)」は、日本を代表する総合素材メーカー・東レから誕生したD2C(Direct-to-Consumer)アパレルブランドであり、それを運営するスタートアップ企業である。「TECHNOLOGY FUTURE, ALTERNATIVE FASHION」をテーマに、宇宙技術を含む東レの最先端素材を惜しげもなく投入した「超高機能な日常着」を企画・販売している。
事業を起案・推進する西田誠は、東レ社内で「フリース素材」などの巨大な新規事業を過去に何度も立ち上げ、同社の繊維事業を1兆円規模の収益基盤に押し上げた伝説的な「連続社内起業家」である。
東レは世界トップの技術を持っていながら、BtoB(企業間取引)の素材供給メーカーであるため、最終製品の形や売り方はアパレルブランド側に依存せざるを得なかった。西田は「自分たちが生み出した最高のテクノロジーを、一切妥協せずに直接ユーザーに届けたい」という強烈な思いから、BtoBメーカーの禁じ手とも言える「自社でのBtoC販売(D2C)」への越境を決意した。
「MOONRAKERS(月をかき集める者)」という名前には、「届かぬかもしれない夢を追い続ける馬鹿者たち」という、現状維持に甘んじない彼らのハングリーな精神が込められている。
新たな起業モデル「出向起業」によるスピンオフ
MOONRAKERSの事例において最も注目すべきは、その組織形態(起業スキーム)である。 当初は東レの社内プロジェクトとしてクラウドファンディング等で熱狂的なファンを獲得し、日本新規事業大賞を受賞するなど評価を確立した。しかし、D2C(アパレル店舗やEC運営)というBtoC特有の「秒単位のマーケティング」や「SNSを通じた直接対話」を、重厚長大な大企業の稟議システムの中で回し続けるには限界があった。
そこで西田が取った戦略が**「出向起業」**という新しいスピンオフの形である。 2023年11月、西田は自らが代表を務める「MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社」を新たに設立。東レに籍を置いたまま、自らが作ったスタートアップへ「出向」の形で移籍したのである。
このスキームにより、
- **大企業のリソース(東レの先端素材・サプライチェーン)**をフルに活用しながら
- スタートアップのスピード感(独自採用・意思決定)と外部連携を両立させ
- 退路を断つことによる過度なリスク(生活の不安)を排除して事業に集中できる
という、イントラプレナーにとって理想的な経営環境(両利きの経営)を実現した。
この事例から学べること
MOONRAKERSの事例は、日本の大企業における新規事業の「組織設計の最新トレンド」を示している。
第一に、「出向起業」の有効性である。 大企業の新規事業がスケールダウンする最大の原因は「稟議の遅さ」と「異業種参入への恐怖」である。出向起業制度を使えば、別法人となるため親会社の厳格なルールからは外れつつ、資金面や身分のセーフティネットが確保される。「社内起業」と「完全独立(退職起業)」の間に位置する、大企業の第三の選択肢として極めて強力な武器となる。
第二に、連続起業家の「社内ハック力(突破力)」である。 大企業内でBtoCという異端の事業を通すには、技術力だけでなく「根回し」や「社内政治のハック」が問われる。過去に東レ社内で1兆円規模の事業基盤を作った西田だからこそ、「あいつがやるなら」と会社側が特例(出向起業)を認めざるを得なかった側面がある。大企業の新規事業は、最後は個人の「実績と人間力」が制度を凌駕する。
第三に、「黒子」から「主役」へのビジネスモデル転換(D2C)である。 バリューチェーンの上流(素材)を握る企業が、直接ユーザーと繋がる最下流(D2C販売)へと一気にジャンプオーバーした。顧客の生の声(データ)を直接吸い上げることで、素材開発のスピードと精度が高まるという、本業への巨大なフィードバック・ループ(恩恵)が誕生している。


